拝啓、空の彼方のあなたへ

きっと、空に近い場所にいるあなたへ伝えたいこと。手紙、時々、コトバ。    <夫と死別したemiのブログ>

亡き夫と過ごした7日間 22

「良かったら、うちで働かない?」

 

彼女の耳には、こんな言葉が届いたのだ。

 

驚きながら、しっかりと女性を見つめてみれば、

彼女よりも、ひとまわり以上、年上であろう女性がニコニコと笑っていた。

 

何故だか理由は分からなかったけれど、彼女は、この女性の笑顔に強く惹かれた。

そして、この女性と一緒に、ここで働きたいと思った。

 

そうして、とんとん拍子に話は進んで行き、

彼女は、このお弁当屋さんで、働くことになった。

 

この弁当屋は、夫婦2人で切り盛りしていた。

オープンしたのは、彼女がこの店へ訪れる1ヶ月程前のことだったそうだ。

 

「毎日毎日、子供たちのお弁当作りで大変だったけどさ、

私は、お弁当って、お守りみたいなものだと考えていたの。

この子たちが今日も元気に過ごすことが出来るようにってね。

だから毎日、張り切ってお弁当を作ったわよ。

でも子供たちは皆、巣立って行ったからさ。

これからどんなふうに生きていこうかなって色々考えていたら、

今度はこの町の人たちに、お守りを届けたいって思い付いたのよ。

主人に相談したら、俺もその夢を一緒に叶えたいって言ってくれて。

それがこの店の始まりなのよ。」

 

彼女に声を掛けてくれた女性ーーー奥さんがこんな話を聞かせてくれたのは、

軽い面接をした日のことだった。

 

ご主人との間には、3人の息子さんがいるそうだ。

一番下の子が巣立ちの時を迎えたことをきっかけにして、

2人でお弁当屋さんを開くという新たな夢を見つけた2人だけれど、

この夢を見つけさせてくれたのは子供たちなのだと、

あの日の2人はこんな話も聞かせてくれた。

 

「私たちは料理が好きではあったけれど、

調理関係の仕事に就いていた訳ではなかったから、

ここまで来るのに本当に大変だったの。

自分たちの年齢も考えたら、新しいことを始めることに躊躇する気持ちもあっけれど、

でも、やってみたいという気持ちを大切にして本当によかった。

大変だったけどね、

お店をオープンさせるまでの道のりも、今も、全部がとても楽しいのよ。」

 

あの日の彼女は、奥さんの声に頷きながら、

今、目の前で笑い合うこの夫婦には、

何か特別な力があるのではないだろうかと思った。

 

話をしているだけで、いや、同じ空間にいるだけで、

何故だか心が軽くなるような、

自分の心の内側から幸せが溢れ出すような、

不思議な気持ちを彼女は確かに感じていたのだ。

 

『縁は、本当に不思議だよね。このお弁当屋さんはね、

丁度、もう少しだけ人手が欲しいと考えていたところだったんだ。

求人を出そうかと、夫婦が話し合っていた頃に、

偶然、彼女が客として、この店にやって来たんだよ。』

 

ここからの彼女の毎日は、明るく楽しい毎日となった。

 

弁当屋で働くのは初めてのことだったし、覚えることもたくさんあったけれど、

彼女は2人の元で働くことがとても楽しかったのだ。

 

日々を楽しく過ごしながらも、彼女は、

相変わらずに自分自身と向き合うことも続けていた。

 

自分にとっての幸せとは、一体、何なのか。

分からなかったものが少しずつ分かるようになることも、

彼女にとって、とても楽かったのだ。

 

彼女がお弁当屋さんの仕事に慣れて来た頃になると、

彼女の旦那さんの仕事も少しずつ上手く行くようになって行った。

そして、特に促した訳でもないにも関わらず、

何故か子供たちが、将来の夢についてを語って聞かせてくれるようにもなったのだ。

 

『この頃にね、彼女は考えたんだ。

人からは、

目には見えないエネルギーのような何かが発せられているのかも知れないって。

弁当屋の夫婦が作り出すあの空気感もまた、

エネルギーのようなものなのではないかと、考えたんだ。』

 

弁当屋の2人のような素敵な人間になりたいと考えた彼女は、

やがて2人を注意深く観察するようにもなった。

 

それは、彼女にとっての幸せとは何であるのかを、

様々な視点から考える視点を増やしてくれることにもなって行ったのだそうだ。

 

彼女が弁当屋で働くようになってから、

どれくらいが経った頃からだっただろう。

 

『この町に、噂が流れるようになったんだ。』

ここの弁当屋の弁当を食べると良いことが起こると。

 

特に、大切な商談がある日や大切な試験なんかがある日、

この店の弁当を求めて来る客が増えるようになって行った。

 

そうして、店は少しずつ大きくなり、彼女には少しずつ後輩が出来るようになった。

 

彼女にとって、店に新たなメンバーが加わることも楽みのひとつとなっていた。

彼女は、新しく出会う人というのは、新しい何かを教えてくれる人なのだと、

こんなふうに考えるようになっていたのだ。

 

幸せに生きること。

一言に言えば簡単だが、

そこにしっかりと向き合わなければ何も見つけることは出来ない。

でも、しっかりと向き合い続ければ、

そこには上限などないことを知れるようになる。

 

彼女は新たに出会った人たちからも様々なことを学び、

様々に新たな視点を持って行った。

 

彼女は、幸せに生きることを追求することで、

どんどん生きる喜びを感じるようにもなって行った。

 

そんなある日。

 

「今日もあなたに会えて嬉しいわ。あなたって、本当に笑顔が素敵よね。

あなたに会えるだけで、幸せな気持ちになるわ。いつもありがとう。」

 

彼女は常連客から、こんな言葉を貰った。

 

その時、彼女は気が付いた。

【私は、人の笑顔を見るのがとても好きだ】と。

それが自分にとっても幸せなことなのだと気が付いたのだ。

 

その日の夜。彼女はいつも通り、自分自身と向き合いながら、

これまでの過去を振り返った。

 

ただ幸せだった毎日から、少しずつ変わり始めた日常。

旦那さんと言い争った夜。

トイレに隠れて、こっそりと涙を流したこと。

自分と目を合わせてもくれなくなった旦那さんの暗い顔。

人を恨んだ日々。

自分の顔がゾンビみたいに見えて、飛び上がったあの日。

 

あの頃の自分には想像もつかないような景色の中を自分は今、歩んでいる。

 

家族と過ごす時間も幸せだし、店で働く時間も幸せ。

こんな今があるのは、実は、

パートに出るきっかけとなったご近所の人のお陰だったと、彼女はふと、気が付いた。

 

あの頃のトラブルがなければ、あのまま幸せな日常を過ごせていただろう。

でも、あのトラブルがあったから、

幸せに生きることについてを真剣に考える自分へと成長することが出来た。

 

あの頃の自分が抱えていた問題は、実は、幸せに生きる今へと繋がる問題だった。

こう気が付いた時に、彼女は初めて、ご近所の人に感謝の気持ちを持てたのだ。

 

『人生の中には、予期せぬことが起こる。

でもそれは、更なる幸せのための扉だったりするんだよ。』

 

それから暫くが経った頃、

ことの発端だったご近所の人が遠くへと引っ越して行った。

 

いつも幸せそうな貴女のことが、本当はとても羨ましかった。

色々とごめんなさい。

こんな言葉を彼女に残して。

 

 

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