印刷工場へ退職の意思を伝えると、意外にもあっさりと受け入れられた。
「真面目に働いてくれたからな」と工場長は言い、
最後の給金には、少しだけ色をつけて送り出してくれた。
こうして彼は、長く働いた印刷工場に別れを告げ、
翌週からは、エドマンド・A・キャリントンの事務所で働くことになった。
日々の仕事は地味で根気のいるものだったが、彼にとっては全てが学びだった。
朝は新聞を読むことから始まり、重要と思われる記事を切り抜いて注釈を加える。
届いた投資相談の手紙を1通ずつ読み、
内容の信憑性や事業の見通しについて簡潔な評価を添えて報告する。
来訪者があれば、その様子を記録し、
会話や振る舞いから読み取れる人物像をまとめた。
彼はそこで、投資という行為の本質を、数字と人の両面から学んでいった。
やがて、彼の選ぶ記事がエドマンドの注目する動きと重なり始め、
助言の内容も的を射るようになっていった。
彼は少しずつ、見習いとしてではなく、
意見を持つひとりの目として扱われるようになった。
そうして1年が経った頃、エドマンドは彼に小さな投資案件の検討を任せた。
選ぶのも、判断するのも、彼自身。
実際に出資するのはエドマンドの金であっても、
そこに込められるのは彼への信頼だった。
こうして彼は、投資を学ぶ者から、投資を任される者へと一歩を進めた。
この時、彼が目を付けたのは、
小さな工房を営む若い発明家からの出資依頼だった。
手紙には、不格好な図面と、未完成の装置の説明が添えられていた。
大手の事業ではなかった。名前も知られていない。
計算も甘く、資料も整っていない。
しかし、彼はそこに確かな何かを感じ取った。
文章には熱があり、装置の用途には先を読む力があった。
何より、そこにはかつての自分が製薬会社に出資した時と似た匂いがした。
「未完成なものには、まだ伸び代がある」
彼はそう信じ、この案件に出資すべきだと判断した。
報告書には、形式的な分析を簡潔にまとめ、
最後に一行、「これは、見ておく価値があります」とだけ添えた。
数日後、エドマンドは出資に同意した。
出資額はささやかだったが、それは彼の目を試すためには十分だった。
彼が選んだのは、若い発明家による小さな装置への出資だった。
薬品を一定量で瓶詰めする、手作業を補助するための器具。
精巧とは言えなかったが、彼はそれを今、必要とされる実用性だと見抜いていた。
出資から間もなく、その装置はK製薬の目に留まった。
製造工程の効率化を求めていた同社は、試験導入を即決。
やがて工場で実際に稼働し、出荷数も僅かに増えた。
会社は発明家に改良を依頼し、追加導入を検討することになる。
事務所にその報告が届いた日、
エドマンドは何も言わず、報告書の隅に赤い丸をつけた。
それは彼にとって初めての正解の証だった。
こんなふうにして、彼は投資家エドマンドのもとで、
確実に力を発揮しながら成長を重ねていった。
そして、彼は21歳の誕生日を迎えた。
彼は漸く、自分の名義で投資を行える年齢に達したのだ。
それは、ひとつの区切りであり、始まりでもあった。