教会の扉が、ぎい、と古びた音を立てて開いた。
秋の風が石の回廊を通り抜け、かすかに香炉の残り香を揺らした。
彼は足音を忍ばせながら、ゆっくりと中へ入っていった。
祭壇の蝋燭の光が、長い影を床に落とす。
ここは、彼が幼い日々を過ごした場所。
寒さをしのぎ、空腹に耐え、夢だけを抱えて祈っていた、あの礼拝堂だった。
奥から足音がし、年老いた神父が姿を現した。
「・・・おまえさんか。随分と、立派になったな。」
声ににじむ懐かしさに、彼は帽子を胸に抱え、静かに頭を下げた。
「久し振りに、戻ってまいりました。」
笑みをたたえる神父に一歩近づくと、彼は懐から1通の封筒を差し出した。
厚みのある羊皮紙に赤い封蝋が押され、印章の刻まれたそれを、両手でそっと渡す。
「中には、孤児院の運営に必要なだけの資金を用意しています。
寝具の替え、食糧の備蓄、薪も。
冬を越すための準備に充てていただければ。」
神父は驚きに目を見開き、やがてその手をぎゅっと握りしめた。
「おまえさんが、こうして戻って来てくれただけでも嬉しいのに・・・。
あの頃の子供が大人になって、寄付を持って戻ってくるとは・・・。」
彼はかすかに微笑んだ。
「いつか、この教会に祈りに来ていた紳士たちのようになりたいと、
ずっと思っていました。
ああなりたいと思えたのは、この場所があったからです。」
石造りの床に映るステンドグラスの光が、
揺れる蝋燭の火に合わせて、色を変えていた。
少年だった彼が毎朝座っていた木の椅子に腰を下ろすと、
まるで時間が巻き戻るかのように、目の奥が熱くなった。
【いつか、自分も支える側に立ちたい】
誰にも言わず、ただひとりで夢見てきたことだった。
それが、今ようやく叶ったのだ。
彼はひとつ息を吐き、穏やかに目を伏せた。
「やっと、あの頃の自分との約束を果たせた。」
それからの彼は、寄付を絶やさず続けながら、
投資家としての地位を確かなものにしていった。
事業の選定にも慎重さと鋭さが増し、財は静かに、けれど着実に積み上がっていく。
屋敷には、数人の使用人のほか、信頼できる執事も仕えるようになった。
書類や予定の管理、来客の応対に至るまで、日々の雑務を完璧にこなしながら、
執事は常に、彼の一歩先を見て動いていた。
そうして彼は、27歳になっていた。
投資家としての顔は広く知られ、街ではいつしか噂されるようになっていた。
「まだ若いが、誠実で礼儀正しい」
「誰かに贈り物をするように、金を動かす男らしい」
「あの屋敷の執事も、なかなかの人物だとか」
その名は、静かに、けれど確実に、世間へ広がっていった。
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午後の書斎。
届いた手紙を机に置いた執事が、珍しく、そのまま足を止めた。
「・・・少々、申し上げても?」
彼が頷くと、執事は目を伏せたまま続けた。
「この屋敷には、何もかもが揃っています。
けれど・・・ご婦人の席だけが、まだ空いたままです。」
一瞬の沈黙のあと、彼は静かに視線を窓の外へ向けた。
「あぁ・・・考えておくよ。」
執事はそれ以上何も言わず、一礼して部屋を出ていった。