拝啓、空の彼方のあなたへ

きっと、空に近い場所にいるあなたへ伝えたいこと。手紙、時々、コトバ。    <夫と死別したemiのブログ>

亡き夫と過ごした7日間 30

教会の扉が、ぎい、と古びた音を立てて開いた。

秋の風が石の回廊を通り抜け、かすかに香炉の残り香を揺らした。

彼は足音を忍ばせながら、ゆっくりと中へ入っていった。

祭壇の蝋燭の光が、長い影を床に落とす。

 

ここは、彼が幼い日々を過ごした場所。

寒さをしのぎ、空腹に耐え、夢だけを抱えて祈っていた、あの礼拝堂だった。

奥から足音がし、年老いた神父が姿を現した。

 

「・・・おまえさんか。随分と、立派になったな。」

 

声ににじむ懐かしさに、彼は帽子を胸に抱え、静かに頭を下げた。

 

「久し振りに、戻ってまいりました。」

 

笑みをたたえる神父に一歩近づくと、彼は懐から1通の封筒を差し出した。

厚みのある羊皮紙に赤い封蝋が押され、印章の刻まれたそれを、両手でそっと渡す。

 

「中には、孤児院の運営に必要なだけの資金を用意しています。

寝具の替え、食糧の備蓄、薪も。

冬を越すための準備に充てていただければ。」

 

神父は驚きに目を見開き、やがてその手をぎゅっと握りしめた。

 

「おまえさんが、こうして戻って来てくれただけでも嬉しいのに・・・。

あの頃の子供が大人になって、寄付を持って戻ってくるとは・・・。」

 

彼はかすかに微笑んだ。

 

「いつか、この教会に祈りに来ていた紳士たちのようになりたいと、

ずっと思っていました。

ああなりたいと思えたのは、この場所があったからです。」

 

石造りの床に映るステンドグラスの光が、

揺れる蝋燭の火に合わせて、色を変えていた。

 

少年だった彼が毎朝座っていた木の椅子に腰を下ろすと、

まるで時間が巻き戻るかのように、目の奥が熱くなった。

 

【いつか、自分も支える側に立ちたい】

誰にも言わず、ただひとりで夢見てきたことだった。

 

それが、今ようやく叶ったのだ。

彼はひとつ息を吐き、穏やかに目を伏せた。

 

「やっと、あの頃の自分との約束を果たせた。」

 

それからの彼は、寄付を絶やさず続けながら、

投資家としての地位を確かなものにしていった。

 

事業の選定にも慎重さと鋭さが増し、財は静かに、けれど着実に積み上がっていく。

屋敷には、数人の使用人のほか、信頼できる執事も仕えるようになった。

 

書類や予定の管理、来客の応対に至るまで、日々の雑務を完璧にこなしながら、

執事は常に、彼の一歩先を見て動いていた。

そうして彼は、27歳になっていた。

 

投資家としての顔は広く知られ、街ではいつしか噂されるようになっていた。

 

「まだ若いが、誠実で礼儀正しい」

「誰かに贈り物をするように、金を動かす男らしい」

「あの屋敷の執事も、なかなかの人物だとか」

 

その名は、静かに、けれど確実に、世間へ広がっていった。

 

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午後の書斎。

届いた手紙を机に置いた執事が、珍しく、そのまま足を止めた。

 

「・・・少々、申し上げても?」

 

彼が頷くと、執事は目を伏せたまま続けた。

 

「この屋敷には、何もかもが揃っています。

けれど・・・ご婦人の席だけが、まだ空いたままです。」

 

一瞬の沈黙のあと、彼は静かに視線を窓の外へ向けた。

 

「あぁ・・・考えておくよ。」

 

執事はそれ以上何も言わず、一礼して部屋を出ていった。

 

 

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