拝啓、空の彼方のあなたへ

きっと、空に近い場所にいるあなたへ伝えたいこと。手紙、時々、コトバ。    <夫と死別したemiのブログ>

亡き夫と過ごした7日間 31

孤児院の礼拝堂は、午前の光に包まれていた。

子どもたちの朗読する声が、控えめに反響している。

 

扉の陰からそっと覗くと、

黒い簡素なドレスに身を包んだ若い女性が、子どもたちの前に立っていた。

声を荒げることなく、しかし一言一言がしっかりと届く話し方だった。

 

終わりの合図があると、子どもたちはぱっと散っていった。

残った彼女は、使い古された本を丁寧に並べ直していた。

 

「失礼・・・読み書きの先生を?」

 

彼は気付けば声を掛けていた。

彼女は驚いたように振り返ったが、すぐに小さく頷いた。

 

「はい。週に三度だけですが。お手伝いのようなものです。」

 

派手な身なりも飾った言葉もない。

けれど、そこには確かな知性と、自分の立ち位置をわきまえた誇りがあった。

 

孤児院の礼拝堂。

小さな声で文字を読む子どもたちの中に、彼女はいた。

 

落ち着いた黒い服装。きちんと結われた髪。目立たないけれど、目を引く。

彼が声を掛けたのは、あくまで礼儀からだった。

彼女は僅かに驚き、そして微笑んで応えた。

それだけのやりとりだった。

 

彼にとっては、名も知らぬ一教師とのすれ違い。

深く考えることもなく、その日は終わった。

 

ーーーけれど、彼女の側には、ひとつの感情が残った。

あの目を、もう一度見てみたい。

ただ、それだけが、消えなかった。ーーー

 

あの出会いの後、彼女は何度か、孤児院の行事や書類のやり取りの場に現れた。

誰かに頼まれたのか、自分から足を運んだのか、それは分からなかった。

けれど、彼女はいつも、少し遠くから彼を見ていた。

 

最初は気付かなかった彼も、周囲の小さな変化に気付くようになった。

シスターの何気ないひと言、周りからの柔らかな視線、

そして、彼女が彼に想いを寄せているらしい声が、

そっと耳に届くようになっていた。

 

執事は何も言わなかったが、一度だけ、

手帳の空白に、彼女とのお茶の予定を書き込んだ。

断る理由も見当たらず、彼はそれに頷いた。

 

数度の短い会話と、幾つかの手紙。

彼女の言葉はいつも丁寧で、そっと寄り添うような優しさがあった。

 

「この方となら、静かに暮らせそうです」

 

それは、彼女が誰かにこぼした一言だったが、

気付けばその言葉が、彼の耳にも届いていた。

 

特に強い感情があったわけではない。

ただ、断る理由がなかった。

受け入れることが、不自然ではなかった。

 

それから程なくして、2人は小さな式を挙げた。

 

 

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