気が付けば、とっくに夕方を過ぎている。
今日は、これまでとは違う視点からの話が出来たお陰で、
本当に色々なことを知れた。
夫を元に戻す方法は、何一つ見つけることが出来なかったけれど、
この時間は、あの子と私にとって、とても意味のある深い時間となった。
「ところで、今のお父さんって、本当はどんな形をしているの?」
これは、夕飯の時のあの子の声だ。
物質化する前の夫は、例えるのなら、
コップに入っていない水のようなものだと言う。
『こうなる前は、形はなかったよ。
形がないから、自分の意思で何処へでも広がることが出来る。
コップが肉体であったとしたのなら、コップに入った水は1杯と数えられるけれど、
コップから中身を出した水は1杯分ではあるけれど、もう、1杯とは数えられない。
それと同じで、俺は、1人として数えられるものではなくなった。
でも、1という存在ではあるんだよ。俺という存在は、ひとつしかないから。』
身体を持つ私たちには、なんだか想像し難いような気もしてしまうが、
同時に私たち2人の側に寄り添うことが出来るから、便利だと夫は笑っている。
「じゃぁ、お父さんが物質化された時、温かい風が吹いたのってさ、
お父さんが近くにいたからってこと?」
あの子は、夫が物質化された日のことを思い出していたようだ。
思えば、あの日の夜、電話をくれたあの子は、
室内にいたにも関わらず、温かい風が吹いたと言っていたっけ。
『そうだよ。物質化される直前まで、俺は2人の側にいたんだよ。』
「じゃぁ、あの時もしかしたら、
俺の隣に物質化されたお父さんがいた可能性もあったってことだよね?」
『あぁ、確かに。その可能性もあったかもね。』
夫のこんな声に、あの子は笑っている。
お母さんの方に物質化されたお父さんがいてくれて良かったと。
「もしも、あの時、突然、俺の隣にお父さんが立っていたら、
会社中が大騒ぎだったかも知れないね。それはそれで面白いけどさ。」
確かに、私の方に夫が現れてくれて良かったのかも知れない。
あの子の会社に突然、夫が現れたら、どんなことになっていたのだろうかと、
その時の光景を思い浮かべれば、なんだか笑ってしまう。
「あなたは私たちに寄り添いながら、そっち側での取り組みもしていたの?」
こんな私の言葉には、夫はそうだと頷いて、なかなか便利だろ?と笑っている。
その様子を思い浮かべてみれば、私の中に浮かぶのは、夫が3人いる様子だけれど、
それはきっと私が、形が存在するこの世界の者だからなのだろう。
よく考えてみれば、私たちだって、元は夫と同じ存在だったということだ。
私たちは、どれだけの記憶が封印されたままで、この世界を生きているのだろう。
夫がこうして物質化されて戻って来てくれたことで、
本当に、様々なことを考えさせられてばかりだ。
今回、夫が物質化されてしまったことは、
夫にとっても、向こう側にとっても、一大事であるだろうが、
実は私は、この事態に、ちょっとだけ感謝している。
人生というものを、ここまで深く見つめ直させる何かが、他にあるだろうか。