拝啓、空の彼方のあなたへ

きっと、空に近い場所にいるあなたへ伝えたいこと。手紙、時々、コトバ。    <夫と死別したemiのブログ>

亡き夫と過ごした7日間 39

「ねぇ、あなたの人生の目的は何だったの?」

 

物質化されてからの夫は、本当に様々な話を聞かせてくれたけれど、

思えば夫は、自分の話をあまり聞かせてくれていない。

これは、実は、夫に聞いてみたかったことだ。

 

『俺があの人生を選んだ目的は、たくさんあったよ。教えないけど。』

 

まぁ、こんな答えが返って来ることは予想していたけれど。

 

「それなら、それは達成出来た?」

 

『達成出来たよ。幸せな人生だった。』

 

「そう。それなら良かった。」

 

夫の答えは、胸の奥に、何か温かなものを灯してくれたような気がする。

これまで知らなかったそれをただ感じてみれば、

私の中に、幸せな気持ちがいっぱいに満たされて行った。

 

私は、夫の言葉を胸の中で何度も反芻してみた。

そっか。私は、夫の口から、

ただこの言葉が聞きたかっただけだったのかも知れない。

 

「次はどんな人生を生きたいか、決めているの?」

 

私からのこんな質問には、夫は、あの子と私次第だと言った。

 

「え?どういうこと?」

 

『教えない。自分で考えて。』

 

は?いや。え?どういうこと?

何というか、今の夫の言葉は、この人生に更に重みを加えたように感じる。

なんだか、責任重大な任務を任されているような・・・。

 

『そう。責任重大だよ。今、生きている人生は、

来世の人生にも大きく関わって来るからね。

でも、大丈夫。俺は2人を信じてるから。』

 

「えっと・・・え?」

 

でも、確かに。よく考えればそうだよね。

夫が物質化されてからの言葉の数々を辿ってみれば、

今、夫はとても当たり前のことを言っているだけなのかも知れない。

 

でも、そう。きっと大丈夫。

私は夫から、本当にたくさんのことを学んだのだから。

 

人が何も記憶を持たずに生まれる理由は、きっと色々あるのだろうけれど、

自分自身を信じて歩めるかどうかということも、

課題のひとつに入っているのかも知れない。

 

夫が話して聞かせてくれた様々な言葉を思い出しながら、

ふと、こんな視点を見つけてハッとすれば、

夫は不意に立ち止まって、私を抱き締め、黙って私の髪を撫でてくれた。

 

『人生は不思議だよね。

ひとつ疑問を持てば、必ず自分自身にとっての正しい答えが見えて来る。』

 

こんな夫の低く優しい声が聞こえたかと思えば、

ゆっくりと体を離すと、そろそろ帰ろうかと夫は体の向きを変えた。

 

『きっとあの子の仕事が落ち着いた頃に、家に着く筈だよ。』

 

こんな夫の言葉の通り、家に着くと、

あの子は寝転がって、携帯電話の画面を見ていた。随分と寛いでいる。

 

「おかえり。ちょうど今、仕事が片付いたところ。

いやー今日は疲れた!何か甘いものない?」

 

こんなあの子の声に、シュークリームを見せれば、あの子は喜んでいる。

 

「なんで分かったの?

俺、丁度、シュークリームが食べたいなって思っていたんだよ。」

 

これは、帰り道に夫に促されて買ったものだ。

 

『シュークリームを買って帰ろうよ。きっとあの子が喜ぶよ。』

 

車に乗り込むと聞こえて来た夫のこんな声を反芻しながら、

私はあの子の笑顔を見つめた。

 

早速、シュークリームを頬張るあの子に、夫は問い掛けた。

 

『これから、どんなふうに生きて行きたいの?俺に聞かせてよ。』

 

25歳には、30歳には、そして、40歳には、こんな景色を見ていたい。

そのために、今、学んでいること。

そして、来年、学びたいことなんかを、あの子は具体的に夫に聞かせている。

 

それは、私に何度も語って聞かせてくれた将来の夢と目標だ。

あの子は、本当にブレない。

そんなあの子から、私は幾つくらいの大切なことを学んだだろう。

 

『それはいいね。』

『あぁ、なるほどね。』

 

あの子の声に頷く夫の声と、楽しそうに、将来についてを語るあの子。

2人の声を聞きながら、私は晩御飯の支度を始めた。

 

家族の話し声が聞こえる中で晩御飯を作る時間というのは、とても幸せな時間だ。

かつての私にとっては、これが当たり前の時間だった。

でも、本当は、この世界には、当たり前なんて時間は存在しない。

 

私の耳に届く2人の笑い声。

キッチンから見える2人の姿。

私は今夜も、この家に流れる掛け替えのないこの時間を、大切に胸の中へと刻んだ。

 

「これも凄くお勧めだよ。面白かった。」

 

眠る前になると、今夜もあの子は、夫にお勧めの映画を紹介している。

 

『俺、もっとさ、こう、ドーンとする映画がいい。』

 

「あぁ、そっち系ね。それならさ、こんなのはどう?これも面白かったよ。」

 

『なにこれ?面白そうだね。』

 

ドーンとする映画って何?

私には全く意味が分からないけれど、どうやら2人は通じ合っているようだ。

 

パソコンの前に並んで、映画についてを、

あれこれと話し合う2人の声に黙って耳を傾けるこの時間も、

私にとっての掛け替えのない時間だ。

 

私は今日、夫と散歩をしながら、時間が止まってしまえば良いと考えたけれど、

でも、人生の中には、こんなふうに、

ずっとこの中にいたいと思えるような瞬間が無限に訪れる。

 

この世界に流れる時間を止めることは出来ないけれど、

その代わりにこうして、自分にとっての掛け替えのない瞬間は幾つも訪れるのだ。

 

やがてまたそれぞれの居場所へと戻る時が訪れても、

こんなふうに、幾つもの素敵な瞬間が訪れるのだろう。

 

きっと、それが人生だ。

 

 

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