チーーーン
いつも通り、おりんを鳴らす夫の姿をあの子と2人で見守れば、
夫の身体が一瞬、七色に輝くと、ほんの少しだけ、身体が透けて見えたのは、
夫が物質化されてから7日目の朝だった。
思わずあの子と顔を見合わせたものの、
私たちは、何も言葉にはしないままに、いつも通りの朝を過ごした。
3人で朝のコーヒータイムを楽しみ、それから朝食を摂る。
やがてあの子はいつも通りに、パソコンの電源を入れた。
暫くの間、パソコンに向き合っていたあの子は時々、
七色に輝く父親の姿を気にしていた。
夫の身体が七色に輝く度に、ほんの僅かに、
でも、確実に、夫の身体が透けて行くのが分かる。
キーボードを叩いていたあの子は、ふと手を止めて、パソコンの電源を落とした。
「今日はもう、仕事はいいや。俺、今日は休む。」
そう言って、あの子はパソコンを閉じた。
本来、今日はあの子のお休みの日だ。
でも、これまでのあの子は、こうして休みの日でも、仕事に向き合って来た。
全て自分のためだ。
でも、今日は、久し振りにのんびりと過ごそうかなと、あの子は伸びをした。
「ねぇ、何処か行かない?」
今回の事態から此処へ帰って来たあの子は、思えば一度も外へ出掛けていない。
今日は、外の空気が吸いたいからと、私たちを誘ってくれた。
「いいね。何処へ出掛けようか。」
あの子からの提案に私たちは早速、出掛ける準備を整えて、駐車場へと向かった。
バッグから車の鍵を取り出したところで、あの子が私に手を差し出した。
車の鍵を貸してくれ、という合図だ。
「今日は俺が運転するよ。
そう言えば、お父さんは俺が運転する車に乗ったことないでしょう?」
助手席に座った夫は、本当に嬉しそうに、運転席に座るあの子の姿を見つめていた。
『そっか。そうだよな。もう、運転出来るんだよな。大きくなったな。』
こんな夫の言葉に、
「俺、もう、23歳。大人だよ。」と、あの子は笑っている。
「何処か行きたいところはある?」
こんなあの子の声に、どうしようか。何処へ行こうかと、
後部座席に座る私に振り返る夫と一緒に悩めば、
「じゃぁ、今日はドライブでもしようか。」
そう言って、あの子が運転する車は出発した。
まず初めにあの子が連れて行ってくれたのは、海だった。
「見て?ヒトデがいる!」
「ねぇ、見て?小さい魚がいる!」
岩場を覗き込みながら、声を掛けるあの子と私に、
夫は頷きながら笑っている。
最後に家族3人でこうして海に来たのは、
夫がいた最後のゴールデンウィークだった。
「あの日は、急に寒くなって、
あなたは頭が痛いって言って、先に車に戻ったのよね。」
『そうだったね。あの後、大雨が降って来てさ。』
夫は楽し気に私の言葉に頷くと、楽しかったなと笑った。
「俺も覚えてるよ。物凄い大雨だったよね。」
あの子の声に頷きながら、私は、
今、此処で感じる幸せな気持ちを大切に感じ切ってみた。
家族3人で同じ過去を振り返る時というのは、
こんなふうに幸せな気持ちがするのだ。
知りたくても、知ることの出来なかった気持ちを何度も反芻しながら、
私の幸せな瞬間を、胸の中へと大切に収めた。
「外はやっぱり気持ちが良いな。」
あの子は立ち上がると、伸びをした。
「それなら、お昼ご飯も外で食べようか。」
時計を確認すれば、間も無くお昼になるところだった。
「それ、良いね。じゃぁ、次は何処に行こうかな。」
今日の運転手はあの子だ。次の行き先は、あの子だけが知る。
今日の我が家の中には、いつの間にか、こんな新たな遊び方が出来上がっていた。