拝啓、空の彼方のあなたへ

きっと、空に近い場所にいるあなたへ伝えたいこと。手紙、時々、コトバ。    <夫と死別したemiのブログ>

亡き夫と過ごした7日間 42

今日も、朝から青空が広がり、とても気持ちが良い日だ。

お昼を食べ終えた私たちは、

薔薇が咲く公園内をゆっくりと一周した。

 

そうして最後に、あの子が連れて行ってくれたのは、近所の公園だった。

此処は、私たち家族3人にとって、最もたくさんの思い出が残る場所だ。

 

あの子が乗ったベビーカーを押しながら。

小さな手を繋いで。

あの子が乗った三輪車を押しながら。

サッカーボールを持って。

自転車に乗って。

 

此処には、家族3人の歴史が刻まれている。

 

3人で公園内をゆっくりと歩きながら、

どんぐりを拾った場所や、ボール遊びをした場所、

大きな雪だるまを作って遊んだ場所なんかで立ち止まった。

此処には本当にたくさんの思い出が刻まれている。

 

「ここでキャッチボールしてくれたよね。

暗くなって、ボールが見えなくなるまで遊んでくれたよね。」

 

夫へ向けたこんなあの子の声に立ち止まったのは、芝生が生えた広場の前だった。

 

『あぁ。そうだったね。キャッチボールに誘うと、

いつも嬉しそうな顔をしてくれてしたから、俺も凄く嬉しかったよ。』

 

そうだった。夫は、仕事から帰ると、時間がある限り、

あの子をキャッチボールに誘っていた。

2人の楽し気なただいまの声に、キッチンから返事をするのも、

あの頃の日常だったっけ。

 

「あっ!ねぇ、覚えてる?ここでよくSボードをして遊んだよね。」

 

私たちが次に立ち止まったのは、道路に面した大きな駐車場だ。

 

「あぁ!やったよね。

ここで俺たちがSボードをしているとさ、あそこからお父さんに呼ばれてさ。」

 

駐車場のフェンスの向こう側を走る道路は、夫の通勤ルートだった。

仕事帰りに此処に私たちの姿を見つけた夫は、

いつでも、車を置いたら行くからそこにいてと、声を掛けてくれていた。

 

そんなある日の夫は、

キックボードに乗って来てくれたのだけれど。

 

「あの時のお父さんは、不審者だったよね。」

 

そう。髪を振り乱しながら、

一心不乱にキックボードを漕いでやって来た夫を一瞬、

不審者と見間違えて、警戒してしまったことは、笑ってしまう思い出だ。

 

『そんなに怪しかったかな。』

 

恥ずかしそうに笑う夫に、凄く怪しかったと2人で返しながら笑った。

 

爽やかな風が吹き、新緑たちが揺れる音が聞こえる。

夫は、風が感じさせる感触を楽しむかのように、目を閉じた。

 

『あぁ、やっぱり、この世界は良いな。』

 

こんな夫の声に、私たちも、5月に吹く風を感じてみた。

 

『音が聞こえる。景色が見える。こうして、肌で風を感じることも出来る。

2人はこれを当たり前のように思っているのかも知れないけれど、

こんなふうに感じることが出来るのは、身体があるお陰なんだよ。

生きるって、本当に尊いことだ。

泣いてる暇も、悩む暇も、落ち込む暇もない。

そんなところに時間を使うのは、本当に勿体ない。

何歳まで生きられようと、人生はとても短いものだ。

だから、精一杯、この世界を楽しんでおいで。』

 

家族3人でのお出掛けの時間の最後に、夫はこんな話をしてくれた。

 

そう。命が有限であるのならば、

今、当たり前よのように感じることの出来ている爽やかな風も、

新緑が揺れる音も、太陽の光も、

この世界で感じられるもの全てもまた、限られた時間だけのものなのだ。

しっかりと前を向き、顔を上げて歩むこと。

それは、この世界にある美しいものを、

最大限に楽しみながら歩むことでもあるのかも知れない。

 

その日の夜。

あの子と私は、なかなか夫へのおやすみの挨拶が出来ずに、

なんとなく、夫の側に寄り添っていた。

 

朝から不定期に七色に輝いては、少しずつ、透けて行った夫は、

夜には、よく見なければ、時々見失ってしまう程に透けていた。

 

でも、これはお別れなんかじゃない。

元に戻るだけの話だ。

もう二度と、この瞳に映ることはなくとも、

夫という存在自体が消えてしまうわけじゃない。

 

それなのに、いつも通りに、おやすみの挨拶が出来ない。

でも、こんな時に、どんな話をしたら良いのかも分からない。

 

どうしたら良いのかが分からなくて、

そっと夫の頬に手を伸ばせば、夫は、寝ないの?と笑っている。

いつもは底抜けに明るいあの子も、ただ黙って父親を見つめている。

 

側に寄り添う私たちをそれぞれに見つめると、

『さあ!もう寝る時間だよ!2人とも。』

こう言って、夫は私たちをふわりと抱き締めた。

 

『命は有限だ。立ち止まっている暇なんてないよ。

しっかり休んで、また明日から元気にこの世界を生きろ。

朝になったら起こしてあげるから、今日はもう、おやすみ。』

 

夫は、守れない約束はしない人だ。

きっと明日の朝も、夫はちゃんと私たちを起こしてくれる筈だ。

 

夫がくれた約束は、私たちの緊張を解いてくれた。

 

こうして私たちは、いつも通り、

夫におやすみの挨拶をして、休むことにしたのだ。

 

そう。また明日から元気に歩むために。