あなたへ
守られていることに気付くのってさ、
実は難しいことなのかも知れないな
朝からこんなことを考えていのは、先日のことでした。
あの日の私は、いつもよりもほんの数分だけ起きるのが遅くなって。
それにも関わらず、出掛ける準備も、何故だかいつもよりもペースが遅くて、
結果的に、家を出る時間も、いつもよりも少しだけ遅くなってしまいました。
今日はなんだか、色々と時間が掛かってしまったなと、
こんなことを考えながら、いつもよりも混雑している道を、
ノロノロと運転していた私の目に飛び込んで来たのは、
恐らく発生から、然程、時間が経っていないのであろう事故の現場でした。
私は、それを見た瞬間に、今朝の私が何故、
色々なことが重なって、家を出る時間が遅くなったのかを悟ったのでした。
いつもよりも、少し遅くに目が覚めたことも、
何故だか、出掛ける準備に時間が掛かったことも、きっと必然。
きっと、朝、目が覚めた瞬間から、
いつも通りと呼べる日常を過ごすための流れが整えられていたのだろうと、
こんなふうに考えると共に、
守られていることに気付くことは、実は難しいことなのかも知れないと、
こんなふうにも考えてみたのでした。
だって、思わず視線がそちらに向いてしまうような出来事を横目に見ながらも、
視線を戻せば、私の目の前に続いているのは、私にとってのいつもの日常生活だもの。
そう。あの、公園へ行きたかったのに、
行けなかったあの日だって、そうでした。
公園へ行こうとすると、雨が降る。
そんな不思議な流れを見つめたあの日だってきっと、
目の前に起こった出来事を、
注意深く観察するという視点を持っていなかったとしたのなら、
今頃の私は、そんな日があったことすら、忘れているのかも知れません。
だってあの日は、雨が降ったから、公園へは行かなかった日に過ぎず、
それ以上の変わった出来事など、何も起こらなかったもの。
こうして考えてみれば、
私たちは、そうとは気付かぬままに、実は毎日、毎日、ちゃんと守られながら、
人生を歩むことが出来ていると言うことが出来るのでしょう。
でも、平坦で、穏やかな毎日ばかりではないのもまた人生。
きっと、どの人生の中にも、
衝撃的なインパクトが残るような出来事というものが起こるもので、
私の人生にもまた、生かされたと感じるような大きな出来事がありました。
こうして、実は人は皆、守られているのだと、こんな視点から、
あの日のことを見つめてみるとするのなら、
それもまた、何かしらの必然的な出来事でもあったのかも知れないと、
こんなふうに考えることも出来るのでしょう。
起こらなかったこと。そして、起こったこと。
いつでもきっと、そこには何かが隠されていて、
その逆を知らないままで生きることが、
実は最大限に守られて生きることなのかも知れないと、
こんなふうに考えることも出来るのかも知れませんね。
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