あなたへ
父とあなたに逢うことが出来たあの夢の中を、
何度も反芻していたからなのでしょうか。
私の中へと不意に蘇ったのは、父に関するエピソードでした。
そう。これは、私たちの結婚式の夜のエピソードです。
私たちが結婚式を挙げたあの日の夜、
父は、それまでになく楽しげに晩酌をしながら、
陽気に、歌を歌っていたのだそう。
今夜は、良いお酒だねと、妹が声を掛けると、
父は、とても嬉しそうに笑っていたようでした。
普段の父は、絶対に歌を歌わない人でした。
私が幼少期の頃、この歌、知ってる?歌ってみて?と、
お願いをしたこともありましたが、
何故だか父は、頑なに、歌を歌わない人でした。
故に、家族の誰ひとりとして、
父が歌う姿を一度も見たことはありませんでした。
そんな父が初めて、私たちの結婚式の夜に歌を歌っていたのだと、
後日、このエピソードを知った私は、なんだか、胸の奥が熱くなるような、
それでいて、不思議な気持ちを感じていたのでした。
まだ慣れない結婚生活を過ごすうちに、すっかりと、
私の胸の奥へと仕舞われてしまったこのエピソードは、
思えば、あなたに話すことは一度もありませんでしたが、
こうして蘇った記憶を、あなたに話すことが出来たのなら、
あなたは、どんな声を聞かせてくれたのでしょうか。
今度、紹介したい人がいるんだけど
父へこんな話をしたあの日のことを思い出してみます。
あの日の父は、いつも通り、静かで、言葉も少なめで。
娘を嫁に出す時の父親の気持ちというのは、複雑な気持ちであるのだと、
こんな話を聞いたことがありますが、
父は、その胸の内に見つけた様々な感情を咀嚼した上で、
私の新たな一歩を、私が思っていたよりもずっと、
喜んでくれていたのかも知れませんね。
家族の中で、私だけが聞くことの出来なかった父の歌声には、
普段は人に見せないものが詰まっていたのかも知れません。
こうして記憶が蘇れば、
胸の内の多くを、決して人には見せなかった父の歌声は、
どんな声だったのかしらと、
今更ながら、なんだか、聞いてみたくなりました。
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