拝啓、空の彼方のあなたへ

きっと、空に近い場所にいるあなたへ伝えたいこと。手紙、時々、コトバ。    <夫と死別したemiのブログ>

特別な力が宿る言葉

あなたへ

 

窓から空を見上げながら、厚い曇り空を確認したにも関わらず、

傘も持たずに家を出て。

 

そう言えば今日は、雨が降るらしいけれど、

傘を忘れてしまったなと思いながらも、車へと乗り込んだのは、先日のことでした。

 

まぁいいか。

そんな気持ちのままで、車のエンジンを掛けようとしたところで、

別な忘れ物に気が付いた私は、

結局、家に戻ることになってしまったのでした。

 

それにも関わらず、またしても、

傘を持って行くことを忘れていた私の中へと不意に蘇ったのは、

コウモリを持って行けって、こんな父の声でした。

 

父の言う、コウモリ、とは、傘のことです。

 

なんだか懐かしいその響きに、朝から頬が緩んだあの日の夕方は、

雨が強く降っていて、

傘を持って来て良かったなと、不意に蘇った父の声に感謝したのでした。

 

コウモリ。傘をそう呼ぶのは、思えば私の周りでは、

父と、そして祖母の2人だけでした。

 

祖母がこの世界を去って、やがて父も、この世界から居なくなりました。

 

懐かしい言葉が蘇れば、私の周りには、既に、

傘をコウモリと呼ぶ人は、誰も居なくなっていたのだと、

こんな視点から、開いたばかりの傘を見つめてみたのでした。

 

時代と共に、景色が変わり行くように、

言葉もまた様々に変わり行きます。

 

当たり前に聞こえていた筈の言葉が、いつの間にか聞こえなくなってしまっても、

人は、それにすら、気付かないものなのかも知れないけれど、

いつの間にか、聞こえなくなってしまった言葉というのは、

不意に蘇った時に、

鮮明に記憶を蘇らせるものでもあるのかも知れません。

 

傘をコウモリと呼んでいた父の声を反芻してみれば、

普段の私が思い出すことのない父との、

そして、祖母との何気ない一コマが蘇りました。

 

それはどれもが、コウモリ、に関する一コマ。

 

それらひとつひとつに触れてみれば、なんだか、温かくて、少しだけ寂しくて。

言葉にすることの出来ない鈍い痛みを感じてしまうのに、

自然と笑みが溢れてしまったのは、

そこにいる父と祖母が、笑ってくれていたからなのかも知れません。

 

言葉には、力があるのだと、

いつの頃からか、私は、こんなふうに考えるようになりましたが、

これもまた、言葉が持つ力であり、

普段は聞くことのなくなってしまった言葉というのは、

実は特別な力が宿るものなのかも知れませんね。

 

 

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