あなたへ
今日がラストチャンス。
そう意気込んで、桜の景色を集めたあの日の私が撮った写真を見つめながら、
思い出していたのは、あの日の私の中へと蘇ったあなたとあの子の笑顔でした。
桜の景色を眺めながら、幾つかの公園を散歩したあの日。
最後から2番目に立ち寄ったのは、
自転車の旅に出掛けたいつかの2人と合流した、あの公園でした。
そう。あれは丁度、
自転車に乗って、男同士の2人旅が、流行っていた頃のことでした。
ねぇ、あなたは覚えていますか。
たまには公園で合流しようよ
後から車でおいでって、いつかのあなたは、こんな提案をしてくれたのよ。
あの日の私は、自転車に乗って出掛けた2人を見送ると、
張り切って、3人分のお弁当を準備したのでした。
お昼になって、あの公園で合流し、3人でお弁当を食べて。
暫し休憩をすると、2人はまた、自転車の旅へと出掛けて行きましたね。
公園から出ると、坂道と平坦な道に分かれていて。
自転車に乗った2人は、坂道の方へ、
私は、平坦な道を真っ直ぐに、駐車場へと向かって行ったのでした。
またあとでねと、別れた直後であるにも関わらず、あの時の2人は、
坂の真ん中辺りまでを登ると、大きな声で私を呼んで、2人で手を振ってくれたのよ。
桜の景色を眺めながら、ゆっくりと、
あの公園を歩いた先日の私は、やがてあの坂道が見える場所へと差し掛かりました。
何気なく、坂道を見上げてみれば、なんだかそこに、
あの日の2人がいるような気がして、
私は、手を振りたいような衝動に駆られたのでした。
夕方になれば、また家族3人が同じ家に揃って、
いつもの忙しない日常へと戻る筈なのに、
なんだか、手を振ったまま、2人から離れるのが名残惜しくて。
夕方になったら聞こえて来る2人のただいまの声を早く聞きたくて、
何故だか早く、家に帰りたくなってしまって。
もう、私には、そこに手を振りたい相手を見つけることは出来なかったけれど、
その代わりに、坂道にいた2人に手を振っていたあの時の私の気持ちが、
鮮明に蘇ったのでした。
私の胸の中には、もう一度だけと、望んでしまう大切な瞬間が、
本当にたくさん詰まっているんだなと、
桜の景色から目を離し、暫くの間、坂道の前で立ち止まったままで、
あの頃を反芻してみたのでした。
ひとりで散歩を楽しむようになってからの私は、
あの公園へも、幾度となく出掛けましたが、
何故だかいつもの私は、無意識にも、
あの坂道が見える場所とは、逆方向へ歩いていました。
桜を見に出掛けたあの日の私もまた、いつも通りに、
逆方向へと歩くつもりだったのに、
何故だか不意に思い立って、いつもとは違う方向へと歩いてみれば、
またひとつ、あの頃の記憶を集め直すことが出来ました。
こうして思い返してみれば、桜を見に出掛けたあの日の時間の中には、
なんだか、不思議な流れがあったような気もしています。
とても広いあの公園には、まだまだあの頃の大切な記憶が、
眠っているのかも知れません。
いつの間にか、私の中に出来てしまったいつものコースを外して、
今度は、様々なルートを散歩してみようかなと、今日の私は、
集めたばかりの記憶を反芻しながら、
あの公園での今後の新たな楽しみ方をひとつ、見つけました。
ねぇ、あなたの中には、あの日、手を振って別れた後に、
あの子と2人だけで見つめた景色が詰まっているんだね。
それは、私だけが知らない景色。
あなたのその胸の中には、どんな景色が詰まっていますか。
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