拝啓、空の彼方のあなたへ

きっと、空に近い場所にいるあなたへ伝えたいこと。手紙、時々、コトバ。    <夫と死別したemiのブログ>

あなたの形に整えられた私の姿

あなたへ

 

私はこれまでに、幾つくらい、あなたに助けて貰って来ただろう。

 

あなたと一緒に歩んだあの頃も、

そして、あの夏から先へと歩み続ける今の私にも。

あなたと出会ってからの私には、

いつでも、あなたの言葉や想いが側にあり続けています。

 

あなたが何処にいても、あなたという存在は、

確かにいつでも、私の側に寄り添い続けてくれているのだと、

あなたに助けられた場面を様々に振り返っていた私の中へと不意に蘇ったのは、

私に助けられたのだと、こんないつかのあなたの声でした。

 

そう。あれは、あなたが交通事故に遭った日のことでした。

 

あの日のあなたは、

俺は生きているのではなく、生かされているのだと、こんな話をしていたけれど、

あの日のあなたは確かに、

私に助けられたのだと、こんなふうにも言っていたのでした。

 

そうだった。そういえば、あの時、と、

改めて、あの頃のことを振り返ってみれば、

やはり、あの日の私たちは、とても不思議な流れの中にいましたね。

 

いつもは軽自動車に乗って出掛けるあなたに、

普段は私が使っている普通車に乗って出掛けることを勧めれば、

その日に限って、あの事故が起きて。

 

もしもあの時、あなたへ普通車に乗って出掛けることを勧めなければ、

私たちの運命は、また違ったものであったに違いありません。

 

不意に蘇ったあの日のあなたの声を頼りに、あの日の出来事を反芻してみれば、

人は誰でも無意識の中で、

誰かを助けたり、そして、助けられたりしながら、

それぞれの人生を滞ることなく歩み続けているものなのかも知れないなと、

私は改めて、またひとつ、

人生の中に隠された何かを集められたような気がしました。

 

人生とは、実に不思議なものです。

 

こうして、あの頃の私が持ち合わせてはいなかった視点から、

あの頃のことを見つめてみれば、

あの頃も、そして今現在も、私にとってのあなたがそうであるように、

あの頃の私もまた、特別に意識を向けていなくとも、

あなたがちゃんと前へと歩んで行けるようにと、

あなたの背中を押すことも出来ていたのかも知れないなと、

こんな視点から、あなたと共に歩んでいたあの頃を見つめるきっかけをくれました。

 

あの頃の私が、あなたに何をしてあげることが出来ていたのか。

どんな場面で、あなたを助けてあげることが出来ていたのか。

 

その具体的な話を聞くことは、もう出来ないけれど、

私にとってのあなたという存在がそうであるように、

あなたの胸の中にもまた、

私にとっては忘れてしまっていても不思議ではないような些細な行動や言葉が、

大切な形となって残されているものなのかも知れませんね。

 

それは、あなたの形に整えられた私の姿とも呼べるものなのでしょう。

 

今日の私はただ、これまでのあなたが、

私を助けてくれた場面を振り返ってみただけでしたが、

思いもよらぬところから、新たな視点が見つかって。

 

いつでも、あなたがそうであるように、

私もまた、気付かぬうちに、あなたにしてあげられていたことが、

たくさんあったのかも知れないと、こんな気持ちで締め括る日となりました。

 

なんだかとても不思議ですが、

もしかしたら、今日のあなたは、何処かで、

あなたの形に整えられた私の姿を、思い出してくれていたのかも知れませんね。

 

 

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