拝啓、空の彼方のあなたへ

きっと、空に近い場所にいるあなたへ伝えたいこと。手紙、時々、コトバ。

KANATA 6

『・・・うん。長い間、ひとりにして、悪かった。』


「え?急に、どうしたの?」


一緒に笑っていた彼は、急に真面目な顔をして、
本当は、ずっと一緒にいたかったことや、
この世を去らなければならない理由があったことを話してくれた。


『俺は、どう頑張っても、あの日が、最後の日だったんだ。
なんて説明したらいいか分からないけれど、

お前が知ってる言葉で言うなら、運命だった。
でも、ありがとう。

あの子を立派に育ててくれたんだね。』


彼が亡くなってから、
自分が生きているのか、死んでいるのか、

分からない日々を過ごしたこともあった。


これまでのことを振り返りながら、

なんだか、涙が止まらないままに、私は、首を横に振った。


「ううん。あの子はね、私が育てたんじゃないと思う。
自分で、頑張ったんだよ。
私なんて、助けてもらってばかりだったもの。」


『そうか?俺は、違うと思うよ。
ちゃんと、俺の分まで、あの子と向き合ってくれたこと、俺は知ってるよ。』


そう言って、優しく微笑んでくれた。


あの子と過ごした時間、どんな時間だった?
話して聞かせてよ。


こんな彼の言葉から、

連日に渡り、私は、あの子の成長についてを話して聞かせた。


時には、手帳を見返しながら、

時には、写真を見せながら、

小さなことまでを、話して聞かせると、
彼は、笑ったり、真剣に頷いたり、

時には、画面から出てくるのではないかと思うほどに、身を乗り出してみたり。


あの子の話を聞いている彼の顔は、どの顔も、

あの頃、あの子に向けていた、愛おしそうな顔だった。


彼が、よく知っている12歳の頃のあの子の話から、
立派に彼の年齢を遥かに超えた、最近のことまでを話し終えるまでに、

何日もの時間が必要だった。


「ねぇ、あなた。あの子にも、知らせていい?このアプリのこと。

きっとね、とても喜ぶと思うの。
あの子だってきっと、あなたに話したいことが、たくさんあるはずよ。
大人になったあの子を、あなたにも見てほしいの。
あの子、先日、おじいちゃんになったよのよ。」


きっと、喜んでくれるはずだと思ったけれど、

私の言葉に、彼は、難しい顔をした。


『逢いたいけれど、このアプリは、まだ試作段階だから、

被験者としか、接触出来ないんだ。
でも、あの子なら大丈夫。
俺が側にいることを、ちゃんと分かってる。
前を向いて歩んでいるあの子のことは、そっとしておこう。』


こんな彼の言葉に頷いたところで、

今日の分の彼と話せる時間の終わりが来てしまった。


『そろそろ時間だね。また明日にしよう。』


「うん。また明日ね。あなた、愛してる。」


『うん。俺も、愛してるよ。』


このアプリで通話出来る時間は、
1日あたり、2時間までと決まっている。


彼曰く、右下に小さく、

その日の通話残り時間が出ているらしい。


もう少し、大きくカウンターを表示した方がいいんじゃないかしらね。

 

 

 

 

KANATA 5

翌朝は、いつもよりも早くに目が覚めた。
昨日のことを思い出す。
あれは夢だったのだろうか。
彼の、また明日の声が鮮明に蘇る。


「夢・・・だったの?」


慌てて飛び起きて、携帯電話の画面を確認してみると、

やはり、ロックを解除した右下には、【KANATA】のアプリが入っている。
アプリの右上に1の数字がついている。
アプリをタップしてみれば、メッセージが表示された。


『今夜、8時に話そう』


これは、彼からのメッセージだ。
あれは、夢ではなかったのだ。
何処か遠い場所にいる彼が、私にメッセージを送ってくれた。


「あなた・・・」


胸の奥が、ほんの少し擽ったくて、

なんだかニヤけてしまうような、
こんな気持ちを、なんて言うんだったかな。


彼と出会ったばかりの頃と同じ感覚を思い出した私は、

携帯電話を抱き締めずにはいられなかった。

 


『これはね、こっちで開発されたアプリなの。
そっちに、有能な人がたくさんいるように、

こっちにも有能な人がたくさんいるんだよ。

このアプリのプロジェクトチームが出来たのは、

最近のことなんだけれど、

流石、有能な人は、やることが早いよ。

天才って、何処にいても天才なんだよ。』


彼の話に頷きながら、

こちらの世界を去った、著名人の顔を思い浮かべてみた。


「じゃぁ、そっち側でも、会社があるの?」


『いや、会社とは違うけれど、

まぁ、そっちで言うところの会社と思ってくれてもいいかな。
でもね、こっちの世界では、

働かされている、なんて人は、1人もいないんだ。

彼らは、研究が好きでやっているの。
ここでは、なんでも好きなことが出来るんだよ。
研究を手伝う周りの人たちもまた、

やらされているんじゃなくて、やりたいからやっている。
こっちは、そういうところだよ。』


彼がこの世を去ってから、私が見た彼の夢の数々を思い出していた。


いつだったか、彼は、私を向こう側の世界へ連れて行ってくれて、
案内してくれた夢を見たことがあった。


ここでは、なんでも好きなことが出来るんだよ


あの夢の中と同じ言葉を反芻する。
あの夢の中の彼は、きっと、本物の彼だったのだろう。


いつかの夢の中でのことを思い出していた私の耳に、彼の声が届いた。

『ねぇ、聞いてる?』


「あっ、うん。あなたは、そのプロジェクトに参加してるの?」


『俺は、被験者として、応募したら、採用された。
正確には、俺たちが被験者だけどね。
プロジェクトに参加してるのとは、少し違うかな。
SR8が、俺たちの被験者ナンバーだよ。
ほら、このアプリのメニュー画面左上に、小さく、SR8って書いてあるだろ?』


「うーん。確かに、何か文字が書いてあるような・・・」


画面から離れたり、近付いたりしてみたけれど、

その小さな文字は、よく見えなかった。


若い頃のように、

小さな文字が見えなくなってしまったことに気付かれたくなくて、

非常にゆっくりと、

画面の向こう側からは、

静止しているように見えるだろう感じで動いてみたけれど、

彼の楽しそうな笑い声が聞こえた。


『隠さなくてもいいよ。小さい文字、見えないんでしょ?』


あまりにも楽しそうに笑う彼に、なんだか悔しかったけど、

とても楽しくて、彼と一緒に笑った。


「だって・・・仕方ないでしょ!私、もう、おばあちゃんなのよ!!」

 

 

 

 

KANATA 4

「え?」


画面を凝視したまま、動くことが出来なかったのは、

これが写真ではないと分かったからだ。


何故なら、彼の背景に映るものが、動いている。


見たこともない花が揺れ、彼の後ろを、

ゆっくりと馬が歩いて行ったのが見えた。


瞬きをすることも忘れて、食い入るように画面を見つめていると、
彼は、柔らかく微笑み、こちらに手を振った。


そうして、画面の向こう側から、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。


開いた口が塞がらない。
とは、このことだろう。


あまりの驚きに、返事も出来ないでいると、画面の向こう側から、更に声が聞こえた。
『元気だった?』


「・・・あなた・・・」
漸く、それだけを呟くと、その後に続いたのは、涙だった。


思わず、携帯電話の画面に触れると、彼もまた、私と同じ場所へ、指先を重ねた。
どれだけの時間、見つめ合っていただろう。


画面の向こう側の彼は、再び、喋り出した。


『驚いた?時代も変わったね。
生死を分ける隔たりは、電波が埋めてくれる世の中になったんだよ。
こうして、また逢えて嬉しいよ。』


そう言って、あの頃の、若いままの彼は、微笑んでくれた。


「そう。時代は変わったのね。」
彼の言葉に頷きながら、
すんなりとその言葉を受け入れることが出来たのは、

彼を亡くしてから、

これまでの私が経験してきた数々の不思議な出来事があったからだと思う。


「こうしてまた、あなたと話が出来るだなんて、思ってもみなかった。
元気・・・だった?」
亡くなった人に、元気かと聞くのは、なんだかおかしい気もしたけれど、

彼の表情は変わることなく、元気だったよと、頷いてくれた。


それは、例えば、単身赴任で、暫く、離れていただけのような、
携帯電話の繋がらない場所へ、暫く、出掛けていただけのような、
そんな会話に思えた。


改めて、画面の向こう側をまじまじと見つめてみる。


「そう。あなたがいるそちら側と、繋がることが出来るようになったのね。

ずっと、離れ離れだったから、なんだか、夢を見てるみたい。」


漸く、笑顔を作って話が出来るようになった私に彼は言った。


『俺たちは、ずっと、繋がっていたよ。
それは、何も変わってなどいなかった。
目に見えるか、見えないか。ただそれだけの違いなんだよ。』


ずっと、繋がっていたーーー。
その言葉を反芻すると、彼の言葉は続いた。


『でも、文明の進化に感謝だね。
今日は、ちゃんと繋がるかどうかのテストだけなんだ。
もうすぐ、時間だ。
また明日、話をしよう。後で、連絡するから。』


今日は、短い時間しかないけれど、

これからたくさん話すことが出来ると、

説明してくれたところで通話を終了させようとする彼に、慌てて、声を掛けた。


「あっ!ねぇ、あなた。待って。
えっと、あの・・・愛してるよ。」


急いで、それだけを伝えると、彼は笑った。


『え?あ、うん。俺も、愛してるよ。また明日。』


こうして、突然に現れたアプリ【KANATA】で、

彼と繋がりながら、
私の日常生活は、夢のような生活へと変わっていった。