拝啓、空の彼方のあなたへ

きっと、空に近い場所にいるあなたへ伝えたいこと。手紙、時々、コトバ。    <夫と死別したemiのブログ>

手首様復活の儀

あなたへ

 

あんなに腫れてしまっていた私の手首様ですが、

随分と元気を取り戻して来ました。

 

怪我をした日の私は、治るまでに、

そこそこの時間が掛かる可能性を覚悟していましたが、

肌の色も随分と良くなり、

思っていたよりも早く回復してくれているように感じています。

 

流石に、元の通りとまではまだ行きませんが、

手首に負荷を掛けてみても、特に問題のないことが、確認出来ました。

 

こうして、思っていたよりもずっと早くに、

手首様の元気を取り戻すことが出来たのも、

手首には負荷を掛けずに過ごすという努力あってのことだったのだと思います。

 

時にはですね。ありましたよ。

少しくらいなら、

手首に負荷が掛かるトレーニングをしてみても良いのではないかと、

魔が差しそうになった瞬間も。

 

ですが私は、そこをグッと堪えて、手首には、

絶対に負荷の掛からないものだけを選んで、トレーニングへと励んで来たのです。

 

手首を怪我してしまったあれから、今日までの間には、

私はまたしても筋トレをする夢を見ましたが、

そこでも私は漏れなく、寝惚けながら、お布団の中で、筋トレをしていました。

 

やはりあの日の夜も、寝惚けながら筋トレをしているところで目が覚めて、

少しだけ笑ってしまいましたが、

そこでも私は、ちゃんと、

手首に負荷の掛からないトレーニングを選んでいました。

 

怪我をしたあれからの私は、起きている時間は勿論のこと、

眠っている間でさえ、常に負傷した手首様に寄り添ってまいりました。

きっとそのお陰もあって、手首様は、

順調に回復してくださったのだと思います。

 

今日は、そんな手首様の復活を祝して、

これまで封印していたトレーニングを再開することといたしました。

 

手首様復活の儀、です。

 

今日のトレーニングは、非常に良い時間となりました。

久し振りの腕熱です。

 

えぇ、勿論、腕立て伏せをすれば、相変わらずに、

ほんの少ししか腕を曲げることが出来ない上に、

ヨロヨロとした動きで、トレーニングへと励ませていただきました。

 

ですが、パンプアップって言うんですか?

非常に腕熱となった私の腕はもう、一丁前に、パンパンで、

筋肉モリモリになれたような気分を味わわせてくれています。

非常に爽快です。

 

手首様も、今日は、久し振りのトレーニングに励んだ故、

大変にお疲れのことと思います。

 

手首様の明日からの益々の活躍を楽しみにしながら、

今夜は早めに休むことにしたいと思います。

 

 

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苦しみから救ってくれるもの

あなたへ

 

私の手が小さいから、

あなたをこの世界に引き留めておくことが出来なかったのかな。

 

自分の手のひらを見つめながら、

不意にこんなことを考えてしまった私の中へは、

これまで知らなかった視点からの痛みが広がりました。

 

手が小さい人は、幸せを掴むことが出来ないのだと、

こんな話を耳にしたのは、

そう。確か、私が中学生の頃だったと思います。

 

あの頃の私は初めて、友人たちよりも自分の手が小さいことを知り、

この手は、幸せを掴むことが出来ない手なのだろうかと、

なんだか少しだけ落胆した気持ちで、自分の手のひらを見つめたのでした。

 

あれから大人になって、私は、やがてあなたと出会いました。

 

あなたの大きな手に私の手を重ねれば、不意に、

すっかりと忘れ去られていた筈の言葉が私の中へと蘇ったけれど、

あの時のあなたは、言ってくれたのよ。

 

小さな手で、全部を捕まえようとしなくても良いんだよ

ほんの少しだけ、俺を掴んでいてくれれば良いからって。

 

あの時のあなたの言葉は、私が思い出してしまった筈の落胆を、

一瞬で、消し去ってくれた言葉となりました。

それなのに。

 

きっと、私の手が小さいから。

この手で、ほんの少しだけあなたを掴んだだけじゃ、

あなたをこの世界に留めておくことは出来なかったのかも知れない、と、

何気なく、自分の手のひらを見つめただけだったのに、

不意に見つけてしまった視点は、私を酷く痛めつけたのです。

 

死別後の痛みなど、決してなくならない。

 

こんなふうに、痛みと向き合う覚悟を、私は何度も決めて来た筈なのに、

こんな時の私は、苦しくて悲しくて、叫び出したい衝動に駆られてしまう。

 

どうしてあなたは、此処にいないの?

あなたは、何処にいるの?

 

あの夏からの私は、何度こうして、不意、という瞬間の中で、

痛みを感じては、苦しみの中で、踠いて来たのだろう。

 

不意に訪れるこんな瞬間の中で、苦しみに押さえつけられれば、

全部が夢であったら良かったのにと思ってしまう。

 

思ってしまうのに、こんな時、

あの夏から先へと歩んだ私が知ってしまった幸せたちが、

スッと顔を出して、

苦しみに押さえつけられたままの私を、救おうとするのです。

 

痛みに踠き苦しむ私に静かに寄り添うそれらは、いつでも暖かくて。

いつの間にか強く握り締めていた手を緩めさせると、深呼吸をさせて、

今の私にとっての前を、私に教えるのです。

 

私は、何度こんなふうに、自分の中へ蓄積され続けてきたそれらに、

助けて貰ったのだろう。

 

あの夏から先へと歩めば歩む程に、

知らなかった痛みの数も増えて行くけれど、でも、

私の中へは確実に、幸せの数もまた、増えて行きました。

 

それらが、こうして助けてくれることを知っているから、

私は、新たに見つけてしまった痛みの中へ、安心して身を委ね、

そこで感じる気持ちを、しっかりと感じ切ることが出来るのかも知れないと、

今日の私は、緩めたばかりの手のひらを見つめながら、

こんなふうにも考えてみたのでした。

 

どんなに自分にとっての前を見つめてみても、

あなたがいない人生を生きることは、時に辛い。

 

あなたが此処にいてくれたのならと考えたことは、

これまでに、何度あっただろう。

 

でも、これまでに、幾つもの痛みを感じて来たように、

私が歩んだ道のりの中には、確実に、幸せの数も増え続けて来ました。

 

それは、どれもが、あの夏にいた私がまだ知らなかった瞬間たち。

 

私がこの人生を生きる限り、痛みを切り離すことはきっと出来ないけれど、でも、

此処から先で、きっと私が知ることになるであろう痛みを感じる時には、

今の私がまだ知らない幸せな瞬間たちが、寄り添ってくれるのかも知れません。

 

今日の私は、深呼吸をして、しっかりと、私にとっての前を見据え直した後で、

また新たに知った痛みをひとつ、大切に胸の中へと収めると、

こんな気持ちで、締め括ることが出来ました。

 

 

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音のない時間

あなたへ

 

様々な世界を旅するように、様々な動画を楽しむようになっていた私に、

変化が訪れたのは、いつの頃のことだったでしょうか。

 

今の私に合うジャンルはきっと、動画という世界の中には、ないのかも知れないと、

こんなふうに気付いていながらも、実はあれからの私は、少しだけ苦労しながら、

自分を置く環境を少しずつ変えて来ました。

 

いつの間にか身に付いた習慣を変えるというのは、

実は難しいものでもあるのかも知れません。

 

動画を聞きながら家事をする。

そして、夜、眠る前には、動画を聞きながら、ゲームをする。

 

いつの間にか、私の日常の中には、音があることの方が当たり前となっていて、

音が聞こえないままに過ごすということ自体に、

違和感のようなものを覚えた自分には、なんだか驚いてしまいましたが、

先ずの私は、無音の中で過ごすことが、

当たり前だった頃に戻らなければならないのだということに、気が付いたのでした。

 

少しずつ、少しずつ、

音がない空間に身を置くことを意識することから始めることにしましたが、

音のない時間を過ごす中で、私は、様々なことに気が付きました。

 

そう。例えば、音のない中で進める作業は、ペースが早くなりました。

動画を聞きながら家事をする、というやり方を取り入れてみた当初の私にとっては、

それが一石二鳥のやり方だった筈けれど、

実はふたつの物事を同時進行することは、

通常よりも多くの時間が取られているものなのかも知れません。

 

そして、眠る前の時間の過ごし方についても、

それまでは気付くことの出来なかった自分の姿を見つけることが出来ました。

 

夜、という静かな時間帯というのは、聞こえて来る声に、

じっくりと耳を傾けられる時間でもあるからなのでしょうか。

 

夜の動画とゲームというのは、常にセットとなっていましたが、

動画から聞こえる声を楽しむために、ゲームアプリを開いている夜が、

実はたくさん存在していたことに気が付いたのでした。

 

確かに、疲れ過ぎた日の夜というのは、何故だかゲームをしたくなってしまうし、

本を読むことを楽しみにしながら、お布団へと入った夜もありました。

 

ですが、今回、音のない夜を意識して過ごしてみたことで、

自分でも気付いていなかった自分というものを見つけることが出来たのです。

 

ゲームをすることよりも、興味のあるジャンルの動画に夢中で、

なんとなく手が空いてしまうからゲームをしていた夜が、

実はたくさん存在していたのだ、と。

 

なんとなく習慣化さてれしまった物事の中というのは、

自分が意識していないままの自分が、実は隠れているものでもあるのかも知れません。

 

様々な世界を旅するように、様々なジャンルの動画を楽しんでいた私に、

やがて変化がやって来て。

それまで知らなかった自分を発見しながら、少し、時間は掛かりましたが、

今の私は、無音の中で過ごすことが、当たり前へと変わりました。

 

こうして、音のない時間を過ごすことに慣れてみれば、

私がふと気が付いたのは、本来の私は、もともと、こうである、ということでした。

 

映画を観る時間。テレビドラマを観る時間。

しっかりと区切りをつけた中で、それらを楽しんだのなら、

テレビを消すことが、私の中でのテレビとのお付き合いの仕方でした。

 

故に、音のない時間を過ごすことの方が断然長く、

それが私にとっての当たり前でした。

 

それにも関わらず、常に音のある生活へと変わって行ったのは、

聴く、と、観る、の違いがあったからだったのかも知れません。

 

私にとっての動画というのは、観るものと言うよりも、

聴くものとして位置付いていましたから。

 

それ故に、本来の私が、好まない歩み方であるということに、

私は、気付いていなかったのかも知れません。

 

無音の中で家事を熟し、静かな夜の中で、本を読む。

 

筋トレの時間には、相変わらずに、様々な動画と共にトレーニングをするし、

自分で決めた範囲内での動画視聴はしているものの、

私の日常生活の中は、以前と同じように、音のないものへと戻りました。

 

以前の私は、今の私が、これだと思えるスタイルに出会える日を楽しみに、

様々に模索をする時間も楽しんでみたいと、あなたへこんな文字を綴りましたが、

こうして考えてみると、私は、

今の自分に合った、新たなスタイルと出会ったわけではなく、

ただ、以前のスタイルへと戻っただけであると言えるのかも知れません。

 

それは一見して、退化のようにも思えてしまうけれど、

様々な動画を視聴するという旅をして、私はきっと、

私にとっての必要なものをちゃんと集めた私となって、

漸く、故郷に帰って来たのではないかと、最近の私は、

音のない静かな時間を過ごしながら、こんなことを考えています。

 

 

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