拝啓、空の彼方のあなたへ

きっと、空に近い場所にいるあなたへ伝えたいこと。手紙、時々、コトバ。    <夫と死別したemiのブログ>

桜の景色を眺めながら

あなたへ

 

気が付けば、桜の花が開き始めたと、

あなたへこんな報告をしたのは、

私の誕生日の日のことでした。

 

こうして改めて振り返ってみると、

あの頃の私の視界には、

あの子の笑顔しか入っていなかったのかも知れません。

 

あの子が巣立ち、改めて、此処に見える景色を眺めてみれば、

満開の時期を僅かに過ぎて、

少しずつ緑色へと変わりゆく桜の景色でした。

 

今日の私は、近所の公園へと立ち寄って、

桜の景色を眺めながら、

ゆっくりと、巣立ち前のあの子との時間を振り返りました。

 

巣立ちの日までを、あの子と2人、

バタバタと忙しない時間を過ごしましたが、

慌ただしく過ぎ行く時間の中には、

あの子との大切な思い出ばかりが詰まって行きました。

 

今の私の胸の中には、

あなたにも話したいことが、山のように詰まっています。

 

あの子と2人、バタバタと過ごした日々は、

あなたへの手紙を綴る時間もなく過ぎて行ったけれど、

これから少しずつ、

巣立ち前のあの子と過ごした私が、

どんなに素敵な時間を過ごしていたのかを、

あなたにも伝えていきたいなと思っています。

 

 

 

ただあの子が愛おし過ぎて

あなたへ

 

ねぇ、あなた。

こんな感情があるだなんて、これまで知らなかったよ。

 

ただ、あの子が愛おし過ぎて、涙が溢れてしまうだなんてさ。

 

あの子の巣立ちの日。

あの子が乗った電車が見えなくなるまでを笑顔で見送って、

ひとり、改札口を出ると、やがて涙が零れ落ちました。

 

拭っても、拭っても、すぐに景色は歪んでいき、

温かな粒が頬を伝い続けました。

 

家に帰り、支度を整えて、お布団に入ってからも、

翌朝、目が覚めて、窓から景色を眺めていても、

何をしていても、大粒の涙が零れ落ちるのです。

 

それは、寂しい、とも、辛い、とも違う、

私が知らない涙の温度でした。

 

私が流すそれらが、

どんな気持ちに該当する涙であるのかが、

自分でもよく分からないままに、

溢れ続けてしまう涙を、ただ静かに受け入れてみれば、

やがて、私の中に明確になったのは、

ただ、あの子が愛おしいという感情でした。

 

花束を渡してくれたあの子。

 

電車の中から手を振ってくれたあの子。

 

今を感じた瞬間に、

過去へとなり行く一瞬一瞬にいたあの子が、

ただただ愛おし過ぎて、涙が止まらないのです。

 

ねぇ、あなた。

こんなふうに流れる涙があるだなんて、知らなかったよ。

私の記憶に焼きついた、

一瞬一瞬にいるあの子への愛おしさをただ感じながら、

こんなにもたくさんの涙が溢れるだなんてさ。

 

拭っても、拭っても、溢れ出てしまうこの涙はきっと、

まだ、私の胸の中へと納め切ることの出来ない愛おしさなのだと思います。

 

だからね、急に作業の手を止めて、

突然に涙を流す私を見つけても、心配しないで。

 

あなたは、そこから見守っていてね。

 

きっと、これもまた、

今しか感じることの出来ない気持ちだと思うから。

 

この、胸の中へと納まりきれずに溢れ出してしまう、あの子を想う気持ちは、

やがて、私の胸の中へとピタリと納まる形へと変わって行き、

ただ愛おしいという感情だけを残したまま、

涙を流すことも無くなっていくのでしょう。

 

だからね、今は、

ただあの子のことが愛おし過ぎて溢れ出てしまう想いを、

大切に、感じてみるよ。

 

 

あの子の巣立ちの日

あなたへ

 

昨日、あの子が無事に、此処から巣立って行きましたよ。

 

出発前、あなたに長い間、手を合わせたあの子は、

あなたにどんな話をしていたのでしょうか。

 

静かに手を合わせたあの子に、

あなたはどんな言葉を掛けましたか。

 

数件の用事を済ませてから、

あの子を駅まで送る段取りになっていた昨日は、

あの子と一緒に出掛けることから始まりました。

 

巣立つ間際まで、バタバタとしてしまうところは、

なんだかとても、私たちらしくて、笑ってしまいますが、

出発の時間までを家の中で過ごすよりも、

2人で出掛けていた方が、

より楽しい時間を過ごせているようにも感じていました。

 

車内では、いつもと変わらない談笑を。

 

今日で巣立ってしまう実感が湧かないよねって、

こんなふうに笑い合いながら、

私たちは、いつも通りの時間を過ごしました。

 

今まで育ててくれて、ありがとう

 

突然に、あの子から大きな花束を差し出されたのは、

あの子だけが車を降りて、用事を済ませる予定になっていた、

最後に立ち寄った場所でのことでした。

 

のんびりと車内であの子を待っていた私の腕の中が突然に、

綺麗な花で、いっぱいになったのです。

 

昨日の私は、

あの子の巣立ちまでを、笑顔で過ごそうと決めていたのに、

前日の夜には、鏡の前で、笑顔の練習までしたというのに、

そんなことをされたら、泣いてしまうではありませんか。

 

大きな花束を抱えて、

盛大に涙を流す私にあの子が見せてくれたのは、

私の大好きな笑顔でした。

 

もう十分に、十分過ぎるほどに、

あの子は私に素敵な時間をくれたのに、

巣立ちの瞬間までを、

とても素敵な時間で埋め尽くしてくれました。

 

いってらっしゃい

 

行ってきます

 

駅のホームで、笑顔で交わしたのは、

いつも通りの我が家の挨拶、ハイタッチ。

勿論、あなたの分と2人分です。

 

挨拶を交わすと間も無くに、あの子が乗る電車が到着し、

あの子が乗り込むと、すぐにドアは閉まりました。

 

笑顔で手を振る私に、あの子が見せてくれたのは、

笑顔で手を振り返してくれる姿。

 

あの子は、最高の笑顔で、此処から巣立って行きました。

 

あの子からの突然のサプライズでは、盛大に泣いてしまったけれど、

駅のホームでは、

あの子が乗った電車が見えなくなるまで、

笑顔のまま、あの子の巣立ちを無事に見届けることが出来ましたよ。

 

自分の足で、

しっかりと前へと歩めるようになったあの子の瞳に映る景色が、

ずっとずっと、鮮やかであり続けますようにと、そっと願いながら。

 

この世界には、あの子の知らない素敵なものが、

まだまだ、たくさんあります。

 

これからは、

これまでのあの子が知らなかった素敵なものを、

たくさん見つけてくれると良いですね。