拝啓、空の彼方のあなたへ

きっと、空に近い場所にいるあなたへ伝えたいこと。手紙、時々、コトバ。    <夫と死別したemiのブログ>

携帯電話の画面を見つめたまま

あなたへ

 

あなたからのメッセージは、もう二度と、

この携帯電話に届くことはないのだと知りながらも、

携帯電話の画面を見つめたまま、

あなたからのメッセージを待っていました。

 

真っ暗な画面を見つめたまま、暫くの間、動けずに、

このまま、あの頃の時間に戻ってくれたらと強く願った私は、

やがて、静かに、記憶の中に吸い込まれていきました。

 

今から帰るよ

 

あなたからのこんなメッセージが届くのは、

仕事から帰宅した私が、晩御飯の支度に取り掛かる頃でした。

 

気を付けて帰って来てね

 

いつも通りのメッセージを返し終わると、

私がしていたのは、晩御飯の支度の他に、あなたのコーヒーを淹れる準備。

 

同じようなメッセージのやり取りの方が多かったけれど、

これからあなたが帰って来ることが分かったことも、

あなたへメッセージを返すことが出来たことも、

とても幸せな時間でした。

 

鮮明に蘇ったあの頃の記憶を見つめながら、改めて、

当たり前の毎日の中にあった小さな幸せを、

もう一度、しっかりと胸の中に刻み直しました。

 

小さくため息を吐き出すと、

携帯電話のロックを解除して、メッセージ画面を開いてみたけれど、

そこに、あなたのアカウントを見つけることが出来ないままに、

小さな声で呟いてみました。

 

元気ですか?

 

どんなに待ってみても、

あなたからのメッセージは届かないままだったけれど、

きっと何処かで笑っているあなたへ、

この小さな声が、届きますように。

 

 

 

不運の中に感じた幸せ

あなたへ

 

いっってぇぇ!

マジで痛い!

あぁ・・・もう駄目だ

 

これは、昨夜のあの子の声。

テーブルの角に、凄い勢いで脛をぶつけたあの子は、

寝転がって痛がりました。

 

大丈夫?

今のは、痛かったね

 

こんな言葉を掛けながらも、

思わず、こっそりとニヤついてしまったのは、

あの子の痛がるその姿が、

あなたに、とてもそっくりだったからでした。

 

いつでも不意に、あなたによく似たところを見せてくれるあの子ですが、

まさか、こんなところまで、あなたに似ているだなんてね。

 

どこかに体をぶつけた時のあなたが痛がっていた姿に、

ピタリと重なったその姿が可笑しくて、

あの子には、申し訳ないと思いながらも、

あの子の視界に入らない場所で、笑ってしまいましたが、

そんな私に、不運な出来事が起こったのは、その直後でした。

 

なんだか嘘みたいな出来事ですが、

痛がるあの子を、こっそりと笑ってしまった罰だと言わんばかりに、

盛大に肘をぶつけた私は、激痛に耐えられず、思わず呻き声を上げました。

 

脛を押さえて痛がるあの子の隣で、肘を押さえて痛がる私。

2人で存分に痛がった後は、

なんだかとても可笑しくて、あの子と2人で笑いました。

 

とても痛かった筈なのに、あの子と一緒に笑いながら、私が感じていたのは、

とても幸せな気持ちでした。

大変なことも、不安なことも、たくさんあるけれど、

我が家は、とても平和で、幸せだなって。

 

それは、これまでに感じたことのないような、

なんだかとても、不思議な気持ちでした。

 

今、思い出してみても、なんだか笑ってしまうあの場面ですが、

こちらからは、その姿が見えないのを良いことに、

あなたは、すぐ側で、笑って見ていたのでしょうか。

2人で、何をしているの?って。

 

 

 

空飛ぶ車

あなたへ

 

お母さん見て!空飛ぶ車だって!

 

あの子のこんな声が聞こえたのは、先月のことでした。

あの日、録画していたテレビ番組を観ていたあの子が、停止ボタンを押すと、

偶然そこに映っていたのは、空飛ぶ車でした。

 

あの日の私たちは、時間の都合から、

ほんの僅かな間しか、その番組を観ることが出来ずに、

4年後の2025年には、

空飛ぶ車が実用化されるらしいという情報しか得ることが出来ませんでしたが、

あれからの私たちは、何度となく、空飛ぶ車のことを話題にしてきました。

車が空を飛ぶだなんて、なんだか、夢みたいだねって。

 

僅かな情報しか知らないままに、

様々に未来を思い描いてきた私たちですが、

その情報についてを調べてみると、

移動に掛かる所要時間は、自動車の4分の1程度であることや、

実用化の当初では、タクシーのような利用が想定されており、

2030年代には、一般家庭への普及を目指していることを知りました。

 

ビックリではありませんか。

 

今から、10年先の未来には、

空を飛んで、ちょっとそこまで。

そんなことが日常になりつつあるのかも知れません。

 

 

『実は、今、空を飛んでいます。』

 

いつか、空飛ぶ車の中から、

あなたへこんな手紙を送って驚かせようと思っていましたが、

それまで待ちきれずに、こうして手紙を書いてしまいました。

 

あなたを見送り、様々に進化を重ねてきた私ですが、

あなたに、隠しごとをし続けることが出来ないところは、

あの頃と変わらないようです。

 

あなたにも見せてあげたい素敵なものをたくさん集めよう。

 

それがこの人生のテーマだと、

そんなふうに決めたのは、いつのことだったでしょうか。

 

これから先の未来には、

あの頃の私が思い描いていた未来よりも、

ずっと素敵な景色を見ることが出来るのかも知れませんね。