私は、再び彼の真横に座り、彼の顔を覗き込んで、じっと見つめた。
眉毛、まつ毛、彼の瞳に映る私、輪郭、少しだけ生えた髭、どこからどう見ても本物だ。
納得できる確信が持てたら、もう、考えることを辞める━━━。
とは言っても、大したことは、思いつかなかったので・・・
「ちょっと、ほっぺたつねってみて?軽くじゃダメだよ。本気でやってみて?」
彼に右側の頬を出しながら、よくアニメなどて見かける『アレ』を試してみることにした。
こんなこと、本当にやる人なんて、見たことないし、
私自身も生まれて初めての『アレ』だ。
「え?なんで?」
ちょっと困った顔をした彼だったけれど、お願いを聞いてくれた。
「いったーい!すっっごく痛い!」
本気で痛がる私に、彼は、
「は?だって、お前がやれって言うからさぁ。でも、そんなに強くやってないよ。」
そんなことを言いながら、本気で痛がる私に、またもや困った顔を見せたのだった。
そうだった。彼は、とても力が強かった。
私の軽くと彼の軽くは、力の度合いが違っていたんだった。
本気でとお願いしたけれど、彼はちゃんと手加減をしてくれたんだろう。
これでも・・・。
鏡を見ると、右頰に薄っすらと赤く、彼の指の跡が残っていた。
まだジンジンと痛む頬に手を当てながら、可笑しさがこみ上げてきた。
鏡を見つめたまま、突然笑い出す私を、不思議そうに見つめる2人が鏡越しに見えたけれど、私は、そんな2人にはお構いなしに笑い続けた。
これは夢なんかではない。
現実だ。
今、目の前にいる彼は、やっぱり本物なんだ。
生きていれば不思議なことだって、たまにはあるのかも知れない。
私の中に刻み込まれた辛く悲しい記憶は、ひとつも薄れることはないけれど、いつか、あれは夢だったと笑って、彼らに話せる時が、きっと、来るのだろう。
もう、これ以上、考えることはやめよう。
ここにある幸せだけを、ちゃんと見つめていたい。
私は、心から、そう思った。