拝啓、空の彼方のあなたへ

きっと、空に近い場所にいるあなたへ伝えたいこと。手紙、時々、コトバ。

残りの命を知らないままで

あなたへ

 

あの頃の私が、あなたとのお別れの日を知っていたのなら、

今とは少しだけ違う何かが残っていたのでしょうか。

 

どうにもならないことであることを理解しながらも、

私は時々、考えてしまいます。

 

どんな時間を過ごせれば、良かったのだろうかって。

 

もしも、今の私が、あの頃の自分に会うことが出来たのなら、

私は、伝えるのだろうか。

 

回復しているように見えているけれど、

彼は、もうすぐ、いなくなってしまうよ

だから、後悔しないように、1日1日を大切にね

 

きっと、今の私なら、

あの頃のあなたに、

たくさんのことを伝えることが出来るのでしょう。

 

もっと、素敵な時間を過ごして、

あの頃の私には言えないような、

恥ずかしくなってしまうような言葉も、

伝えることが出来るのでしょう。

 

あなたからも、

素敵な言葉のプレゼントがあったのかも知れません。

 

今の私が知らないあなたの顔を見ることが出来たのかも知れないし、

あなたのことを、あの頃よりも、もっと、

幸せに出来たのかも知れません。

 

今の私なら、きっと。

 

でも、あの頃の私は、

きっと、何も出来ずにいるのでしょう。

 

毎日、こっそりと、泣いて泣いて、

あなたの前で、笑顔を見せることなんて出来ずに、

心配するあなたに、何もかもを話してしまうのかも知れません。

 

そうして、

どこにも行かないでって、あなたにしがみついたまま、

大泣きしてしまうのかも知れません。

 

じゃあ、今の私が、

あの頃のあなたの側に寄り添えばいいのかと言えば、

それは違うの。

 

あの頃のあなたと向き合うのは、

あの頃の私でなければいけないの。

 

それなら、どうすれば良かったのか。

 

何度も、想いを巡らせながら、

私が出した結論は、

きっと、あのままで良かったのだということ。

 

普段通り。

 

悲しいけれど、あの頃の私たちはきっと、

何も知らないままで良かったの。

 

だって、

私たちは、最後まで、希望を持っていたね。

 

あなたが家に帰って来る日を楽しみに、

退院したら何をしようか

何処に行こうかって、たくさんの未来の話をしました。

 

いつも通り。

 

また明日ねって、病院の玄関までお見送りしてくれたあなたは、

いつも笑っていたね。

 

明日の話が出来た私たちは、幸せだった。

 

もしも、今の私が、あの頃の自分に会うことが出来たとしても、

私は、きっと、何も伝えずに、

そっと影から見守るのでしょう。

 

いつも通りを過ごす家族3人の笑顔をただ、遠くから見守りながら、

どうかその時間が永遠に続きますようにと願い、

黙って立ち去るのでしょう。

 

遺された側の人間は、

例え、どんなに尽くすことが出来たとしても、

時々、後悔するものなのかも知れません。

 

あなたは、最期の時まで幸せだったでしょうかと、

空の彼方へと問いかけながら、

私はこの先も、あなたを想い、生きていくのでしょう。