拝啓、空の彼方のあなたへ

きっと、空に近い場所にいるあなたへ伝えたいこと。手紙、時々、コトバ。

名もなき食べ物

あなたへ

 

先日作った、まん丸のおにぎり。

 

あの子がね、

何これ?食べやすくていいねって、

初めて見たかのような反応をしたの。

 

どうやらあの子は、

あの頃の、まん丸のおにぎりのことは覚えていないようでした。

 

これは、お父さんが作ってくれたものを真似してみたんだよ

 

そんな私の言葉に頷きながら、あの子が話してくれたのは、

あなたが何度か作ってくれたことがある食べ物のことでした。

 

俺、お父さんが作ってくれたアレだけは、よく覚えてるよ

美味しかった

 

あの子の言うアレとは、

甘くないパンケーキのようなもの、と言えばいいのでしょうか。

 

私たちの間では、アレと呼ばれた名もなき食べ物は、

味をつけていないから、

好みの味に変えて食べることが出来たのでした。

素朴な味で、

あの子も私も、あなたが作ってくれたアレの大ファンでした。

 

あなたが初めて、アレを作ってくれたのは、

まだ、あの子が生まれる前のこと。

 

あなたと一緒にテレビを観ながら、

どちらからともなく、お腹が空いたねって、

そんな話になった夜。

 

じゃぁ、一緒に何か作ろうかって、

あなたの声に、2人でキッチンに並びながら、

あなたが作ってくれたのが、私にとって、初めてのアレでした。

 

一緒に作ろうと言いながら、あなただけが手を動かし、

私は、ほぼ、横で見ているだけでしたが、

お喋りをしながら、

2人でキッチンに立つのは、なんだかとても楽しかった。

 

あの日、あなたが話してくれたのは、

ひとり暮らしをしていた頃のこと。

 

小腹が空くと、よくこれを作っていたんだ

たまごを入れた方が美味しいけれど、

なければ、入れなくてもいいんだよ

今日は、たまごも入れようね

 

私の右側に立つあなたの声も、

あの日、話してくれた内容も、

今でもよく覚えているのに、

作り方だけは、いまいち不鮮明な記憶。

 

なんというか・・・

適当に、小麦粉を入れて、

適当に、ベーキングパウダーや、

たまごなどを入れて作っていた記憶がありますが、

正確な材料も、量も、よく分かりません。

 

きっと、

あなたが作ってくれていたアレのレシピなどは、

存在しないのでしょう。

 

先日の、

お父さんが作ってくれたアレが食べたいというあの子の言葉に、

あの頃の記憶を辿りながら、

初めてのアレに挑戦してみました。

 

見た目も匂いも、

あなたが作ってくれたアレによく似ていましたが、

あなたの味とは、何かが違いました。

 

何が違うんだろう

 

あなたの場所へ、私が作ったアレをお供えしながら独り言。

 

記憶の中だけに存在する、あなたが作ってくれたあの味は、

きっと、私には真似が出来ない、

あなただけが出せる味だったのでしょう。

 

あなたが作ってくれたアレ。

私も、食べたくなってしまいました。