あなたへ
あなたについて、誰かに聞かれたとしたのなら、
私は、まず、こう答えると思います。
あなたは、なんでも出来る人だった
あなたは、器用で、頭が良くて、勘の良い人でした。
何をしても、すぐに出来てしまうあなたのことが、
羨ましくて、ほんの少しだけ、悔しくて、とても自慢でした。
なんでも出来るあなただったけれど、
唯一、一度も、私を追い越そうとしなかったものがありましたね。
Sボード。
これは、小学4年生だったあの子に買ってあげたものでした。
あなたに似て、勘のいいあの子は、
購入後、すぐに、その乗り方を覚えました。
Sボードで遊ぶあの子の姿が、あまりにも楽しそうで、
やがて、あの子に教わりながら、私もSボードに嵌っていったのでした。
運動が得意とは、決して言えない私ですが、
あまり時間を掛けずに、乗ることが出来るようになったのは、
あの子の教え方が、とても上手だったからなのでしょう。
あの子のそんなところも、
今、振り返ってみれば、あなた譲りなのだと思います。
今度、あなたも一緒に、Sボードで遊ぼうと誘ったのは、
残業で、遅い時間に帰宅したあなたの、夕飯の時間だったでしょうか。
あなたなら、きっとすぐに乗れるようになるはずだよ
すごく楽しいよ
あの時のあなたは、私の話を、とても楽しそうに聞いてくれましたね。
あれから、家族3人で、何度もSボードで遊びましたが、
あなたは、何度、挑戦しても、上達することはなく、
毎回、転びながら、
上手に滑れるようになった私のことを、褒めてくれました。
本当は、出来るくせに
なんて、疑いの眼差しを向けた私に、
本当だよ
俺には出来ないよ
ほら見てて?
そう言って、私の前で、何度も転んで見せたあなた。
前輪、後輪、それぞれひとつずつ付いたタイヤを指差し、
だって、タイヤがひとつずつしか付いてないじゃん
こんなの、俺には乗れないよ
あなたは、そんなふうに笑って、私を何度も褒めてくれたのでした。
先日、あなたのお母さん、あなたの弟夫婦と、子供たちが遊びに来てくれました。
談笑の中、3人妹弟の中で、あなたが一番、スポーツが得意だったと知りました。
あなたの家族の話を聞きながら、
何故か一度も、
Sボードを上手に乗ろうとしなかったあなたの姿を思い出していました。
スノーボードも、スケートボードも、上手だったあなた。
嘘なんてついてないよと、
あの時のあなたは、笑っていましたが、
どうしても、納得がいきません。
だって、あなたの転び方は、とても上手だったもの。
私は、何度も転んで、たくさんの擦り傷を作ったけれど、
あなたは、かすり傷ひとつなく、
とても、綺麗な転び方でした。
ねぇ、あなたは、どうして、
あんなに優しい嘘をついてくれたのでしょうか。
答え合わせをしてみたくて、
あなたの顔を、長い間、見つめてみたけれど、
穏やかに笑うあなたの顔には、何のヒントも見えませんでした。
あなたは、なんでも出来る人だった
でも、ひとつだけ、私に出来て、
あなたに出来ないことがありましたね
そう信じてみても、良いのでしょうか。