あなたへ
あれは、あなただったのでしょうか。
それは、引っ越しの日の出来事でした。
引っ越しをする中で、一番不安だった電化製品の配線関係は、
業者さんにお願いする事にしました。
あなたがいてくれたら、洗濯機やテレビの配線は、
全部あなたが、やってくれたんだろうな なんて、
あなたが側にいない現実に、
ちょっと暗い気持ちで迎えたあの日。
工事に来てくれた電気屋さんは、ちょっと不思議な人でした。
ちょっぴり人見知りな私は、
家の中に知らない人がいると落ち着かないタイプ。
でも、その電気屋さんが、家の中を行き来していても、
会話をしていても、何の違和感もありませんでした。
作業が終わり、電気屋さんが帰ると、あの子が言いました。
電気屋さんの手、お父さんに似ていたね
仕草とか、仕事の仕方とか、お父さんに似ていたね
お母さんが知らない人と、あんなふうに話しているところ、初めて見たよ
僕にも、声を掛けてくれたよ
なんだか、お父さんみたいだった
お父さんを送り出してから、時々、不思議な事があるけれど、
今回は、電気屋さんの体を借りて、逢いにきてくれたのかな
そんなふうに、あの子と2人、
空想の時間は、なんだか、とても楽しくて、
これから始まる新しい生活も、頑張れそうな気がしました。
あれから、もうすぐ1カ月が経ちますが、
あの子は、今でも時々、あの時の電気屋さんの話をします。
どこかにあなたを探すのは、私だけではなく、
あの子もまた、あなたを探していることを知りました。
新しい生活の始まりの日。
思えば、電気屋さんは、雑談の中、
私の不安をひとつずつ、取り除くかのように、
私の知らない色々な事を、教えて行ってくれました。
ちょっと不思議な人に出会ったのは、ただの偶然だったのでしょうか。
不安な気持ちいっぱいで、始まったあの日。
1日が終わる頃には、素敵な1日へと変わっていました。
あの子にとっても、私にとっても、
きっと、何年経っても忘れられない、始まりの日になりました。