拝啓、空の彼方のあなたへ

きっと、空に近い場所にいるあなたへ伝えたいこと。手紙、時々、コトバ。

KANATA 25

待ちに待った、桜の季節がやって来た。


ここに1人で来るようになってから、
もう、何年になるだろう。


ここは、桜が咲く土手の上。


川沿いに、桜が咲くこの場所は、
子育てに追われながらも、家族3人で笑っていた、
今よりもずっと若かった頃の私が、
いつか、ずっとの未来、
私たちがおじいちゃんとおばあちゃんになったら、
2人で手を繋いで、ゆっくりと散歩してみたいと、
そんなふうに夢見ていた場所だった。


彼が亡くなり、幾つかの桜の季節を過ごした頃から、
毎年のこの時期になると、私は、ひとりで、この場所に来るようになった。


彼にも見せてあげたい、素敵な景色を集めよう。
そんな心境の変化からだった。


今年も、桜がとても綺麗だ。


平日の、のんびりとした空気に、心地良さを感じながら、
ベンチに座って、桜と、その向こう側に見える空を眺めていた。


「桜が綺麗だね。」


楽しそうなその声に、視線を移してみれば、
恐らくは、私よりも、少し、年下のご夫婦だろう。


ブラウンを基調とした、スーツに身を包んだ、長身のご主人と、
淡い桜色のストールを掛けた穏やかそうな奥様が、手を繋ぎ、寄り添い合って、
桜の景色を楽しんでいるのが見えた。


「孫たちにも、見せてあげたいわね。」
そんなふうに笑い合いながら。


私にとって、老夫婦が特別な存在へと変わっていったのは、
彼が亡くなってからのことだった。


今、彼らの瞳にはきっと、
私には見ることの出来ない景色が映っているのだろう。


一緒に年を重ねて、
皺々になった手を重ねるそこには、
どんな温かさがあるのだろう。


仲睦まじく歩く老夫婦を見かける度に、
胸の奥が小さく痛んだけれど、
彼らが創り出す空気は、
何故だか、とても穏やかな気持ちにしてくれた。


そして、いつの頃からか、
老夫婦を見つけると、そっと、願うようになっていた。


その幸せな時間が、ずっと、続きますようにと。


初めてここに来た年も、
手を繋いで、桜の景色を楽しむ老夫婦を見つけた。


あの時の私は、繋いだその手から、目が離せないままに、
泣いてしまったんだ。


でも、もう、私は、
あの頃みたいに、泣いたりはしない。


私は、彼の分まで生きて、
素敵なものを、たくさん集めようって決めたの。
これは、私の人生のテーマだから。


だから、泣かないのよ。


そう自分に言い聞かせ、
ベンチから立ち上がると、温かな風が、ふわりと私を包み込んだ。


もしも、今、彼が側にいるのなら、こんな想いを伝えよう。


大丈夫よ。
私は、寂しくなんてないのだから。


それなのに、
歩き出した私の右手に感じた温かさが、
彼の温度とよく似ていて、
今年の私も、
やっぱり、少しだけ、泣いてしまったんだ。

 

 

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