待ちに待った、桜の季節がやって来た。
ここに1人で来るようになってから、
もう、何年になるだろう。
ここは、桜が咲く土手の上。
川沿いに、桜が咲くこの場所は、
子育てに追われながらも、家族3人で笑っていた、
今よりもずっと若かった頃の私が、
いつか、ずっとの未来、
私たちがおじいちゃんとおばあちゃんになったら、
2人で手を繋いで、ゆっくりと散歩してみたいと、
そんなふうに夢見ていた場所だった。
彼が亡くなり、幾つかの桜の季節を過ごした頃から、
毎年のこの時期になると、私は、ひとりで、この場所に来るようになった。
彼にも見せてあげたい、素敵な景色を集めよう。
そんな心境の変化からだった。
今年も、桜がとても綺麗だ。
平日の、のんびりとした空気に、心地良さを感じながら、
ベンチに座って、桜と、その向こう側に見える空を眺めていた。
「桜が綺麗だね。」
楽しそうなその声に、視線を移してみれば、
恐らくは、私よりも、少し、年下のご夫婦だろう。
ブラウンを基調とした、スーツに身を包んだ、長身のご主人と、
淡い桜色のストールを掛けた穏やかそうな奥様が、手を繋ぎ、寄り添い合って、
桜の景色を楽しんでいるのが見えた。
「孫たちにも、見せてあげたいわね。」
そんなふうに笑い合いながら。
私にとって、老夫婦が特別な存在へと変わっていったのは、
彼が亡くなってからのことだった。
今、彼らの瞳にはきっと、
私には見ることの出来ない景色が映っているのだろう。
一緒に年を重ねて、
皺々になった手を重ねるそこには、
どんな温かさがあるのだろう。
仲睦まじく歩く老夫婦を見かける度に、
胸の奥が小さく痛んだけれど、
彼らが創り出す空気は、
何故だか、とても穏やかな気持ちにしてくれた。
そして、いつの頃からか、
老夫婦を見つけると、そっと、願うようになっていた。
その幸せな時間が、ずっと、続きますようにと。
初めてここに来た年も、
手を繋いで、桜の景色を楽しむ老夫婦を見つけた。
あの時の私は、繋いだその手から、目が離せないままに、
泣いてしまったんだ。
でも、もう、私は、
あの頃みたいに、泣いたりはしない。
私は、彼の分まで生きて、
素敵なものを、たくさん集めようって決めたの。
これは、私の人生のテーマだから。
だから、泣かないのよ。
そう自分に言い聞かせ、
ベンチから立ち上がると、温かな風が、ふわりと私を包み込んだ。
もしも、今、彼が側にいるのなら、こんな想いを伝えよう。
大丈夫よ。
私は、寂しくなんてないのだから。
それなのに、
歩き出した私の右手に感じた温かさが、
彼の温度とよく似ていて、
今年の私も、
やっぱり、少しだけ、泣いてしまったんだ。