翌朝は、いつもよりも早くに目が覚めた。
昨日のことを思い出す。
あれは夢だったのだろうか。
彼の、また明日の声が鮮明に蘇る。
「夢・・・だったの?」
慌てて飛び起きて、携帯電話の画面を確認してみると、
やはり、ロックを解除した右下には、【KANATA】のアプリが入っている。
アプリの右上に1の数字がついている。
アプリをタップしてみれば、メッセージが表示された。
『今夜、8時に話そう』
これは、彼からのメッセージだ。
あれは、夢ではなかったのだ。
何処か遠い場所にいる彼が、私にメッセージを送ってくれた。
「あなた・・・」
胸の奥が、ほんの少し擽ったくて、
なんだかニヤけてしまうような、
こんな気持ちを、なんて言うんだったかな。
彼と出会ったばかりの頃と同じ感覚を思い出した私は、
携帯電話を抱き締めずにはいられなかった。
『これはね、こっちで開発されたアプリなの。
そっちに、有能な人がたくさんいるように、
こっちにも有能な人がたくさんいるんだよ。
このアプリのプロジェクトチームが出来たのは、
最近のことなんだけれど、
流石、有能な人は、やることが早いよ。
天才って、何処にいても天才なんだよ。』
彼の話に頷きながら、
こちらの世界を去った、著名人の顔を思い浮かべてみた。
「じゃぁ、そっち側でも、会社があるの?」
『いや、会社とは違うけれど、
まぁ、そっちで言うところの会社と思ってくれてもいいかな。
でもね、こっちの世界では、
働かされている、なんて人は、1人もいないんだ。
彼らは、研究が好きでやっているの。
ここでは、なんでも好きなことが出来るんだよ。
研究を手伝う周りの人たちもまた、
やらされているんじゃなくて、やりたいからやっている。
こっちは、そういうところだよ。』
彼がこの世を去ってから、私が見た彼の夢の数々を思い出していた。
いつだったか、彼は、私を向こう側の世界へ連れて行ってくれて、
案内してくれた夢を見たことがあった。
ここでは、なんでも好きなことが出来るんだよ
あの夢の中と同じ言葉を反芻する。
あの夢の中の彼は、きっと、本物の彼だったのだろう。
いつかの夢の中でのことを思い出していた私の耳に、彼の声が届いた。
『ねぇ、聞いてる?』
「あっ、うん。あなたは、そのプロジェクトに参加してるの?」
『俺は、被験者として、応募したら、採用された。
正確には、俺たちが被験者だけどね。
プロジェクトに参加してるのとは、少し違うかな。
SR8が、俺たちの被験者ナンバーだよ。
ほら、このアプリのメニュー画面左上に、小さく、SR8って書いてあるだろ?』
「うーん。確かに、何か文字が書いてあるような・・・」
画面から離れたり、近付いたりしてみたけれど、
その小さな文字は、よく見えなかった。
若い頃のように、
小さな文字が見えなくなってしまったことに気付かれたくなくて、
非常にゆっくりと、
画面の向こう側からは、
静止しているように見えるだろう感じで動いてみたけれど、
彼の楽しそうな笑い声が聞こえた。
『隠さなくてもいいよ。小さい文字、見えないんでしょ?』
あまりにも楽しそうに笑う彼に、なんだか悔しかったけど、
とても楽しくて、彼と一緒に笑った。
「だって・・・仕方ないでしょ!私、もう、おばあちゃんなのよ!!」