アプリの創設者。名は、カイトと言う。
彼もまた、若くにこちら側へ来なければならなかった人間のひとりだった。
カイトの妻は、彼の死後、
寝込むことが多くなり、表情がなくなった。
カイトは、一時も離れることなく、
彼女には聞こえない声で、語り続けた。
側にいるよ。
笑って。
夢の中では、毎晩のように彼女との時間を過ごし、
前へと歩めるように背中を押したけれど、
彼女が変わることはなかった。
あの手この手で、
彼女をなんとか前を向かせようと試みたけれど、
どれも上手くいかずに、時間ばかりが過ぎていった。
彼女に、寄り添い続けながら、カイトが疑問に思ったのは、
生きている人間との交流が、何故、夢の中が主であるのか。
ということだった。
そんな時、
天国で言い伝えられる物語があることを知った。
その昔、人生を全うし、天国へと居場所を変えた者たちには、
遺してきた人たちとの交流手段がなかった。
それぞれに、遺してきた人たちの側に寄り添いながら、
そっと、想いを伝えることが、唯一のやり方だった。
遺してきた大切な人が毎日、毎日、
嘆き悲しむのを見るに耐えかねていたのは、とある若者だった。
どうにか想いを伝えたい。
そんな願いから、若者は、神に会いに行き、
夢の中で想いを伝えるという提案をした。
神は、すぐに良い返事をくれたわけではない。
それでは、生きている人間の学びにはならないと、追い返された。
それでも若者は諦めずに、
何度も、何度も、神の元へ通い続け、
若者の願いは、漸く、叶えられることとなった。
そうして、死者と生者は、夢を通して、
関わり合うことが出来る様になった。
そんな物語だった。
カイトは、その物語を知り、
誰かの想いがあって、夢の中での交流が認められたのなら、
自分にも何か、出来ることがあるのではないかと考えた。
カイトは、生前、技術者だった。
生前の経験を生かし、電波についての研究を始めた。
やがて、彼の意向に賛同する元技術者たちが、
彼の元へと集まるようになり、
大きなプロジェクトチームとしての活動となっていった。
当初は、微弱の電流を使い、
故人の姿で逢いに行くことも提案されていたが、
生と死の決定的な線引きに欠けるとの意見から、
画面越しでのやり取りという形に落ち着いた。
このアプリの目的は、死者が生き返ったように見せるためのものではない。
生者が前を向いて生きて行けるよう、こちらから想いを届けるためのものだ。
「生者は、皆、言います。
亡くなった人は、きっと、側にいるんだよと。
きっと、ではありません。
側にいます。
私たちは、これまで、静かに寄り添いながら、そして時には、夢の中で、
生者にとって、曖昧な形で、側に寄り添うという形をとってきました。
ですが、皆さん。どうでしょうか。
きっと、では心許ないと思ったことも、あったのではないでしょうか。
ここにいるよ。
だから、大丈夫。
頑張れ。
私は、そう力強く背中を押す方法があってもいいと思いました。
向こう側に遺してきた大切な人が、笑顔で、前を向いて歩む姿を見守りたい。
ここにいる誰もが、そう望んでいることでしょう。
向こう側では、どんどん技術も進み、素晴らしい進化を遂げています。
私は、この世界に、新たな希望を生み出したい。
それぞれのその想いが、遺してきた大切な人へ、確実に届く。
このアプリのコンセプトは、死との新しい向き合い方です。」
被験者の説明会では、そこにいる誰もが、彼の話に賛同した。
中には、涙を流しながら、
彼の話に耳を傾けていた者もいた。
そこにいる誰もが、カイトと同じ気持ちで、
誰かに寄り添ってきたのだ。
カイトの妻は、
もともと、好奇心旺盛で、活発な女性だった。
また彼女が活躍し、笑っている姿を見たい。
カイトのこんな想いから、開発されたのが、アプリ【KANATA】だった。
生と死。
私たちには、決して超えられないものがあるけれど、
それでも、この世を去った人の想いまでもが、
消えてしまうわけじゃない。
「ところで、このアプリは、神様から反対されなかったの?」
これは、冗談半分の質問だったけれど、
真面目な答えが返ってきた。
『猛反対されたらしいよ。
でもね、ひとり、変わった神様がいるんだって。
神様ってね、いっぱいいるんだけれど、
神様が皆、カイトの提案に反対する中、
ひとりだけ、カイトの味方をしてくれた神様がいたらしいよ。
で、その神様が、他の神様を説得してくれて、
このアプリの試験段階まで、進めることが出来たんだって。
死者が夢を持ってはいけないわけではない。
やってみなさいってね。』