「え?」
画面を凝視したまま、動くことが出来なかったのは、
これが写真ではないと分かったからだ。
何故なら、彼の背景に映るものが、動いている。
見たこともない花が揺れ、彼の後ろを、
ゆっくりと馬が歩いて行ったのが見えた。
瞬きをすることも忘れて、食い入るように画面を見つめていると、
彼は、柔らかく微笑み、こちらに手を振った。
そうして、画面の向こう側から、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
開いた口が塞がらない。
とは、このことだろう。
あまりの驚きに、返事も出来ないでいると、画面の向こう側から、更に声が聞こえた。
『元気だった?』
「・・・あなた・・・」
漸く、それだけを呟くと、その後に続いたのは、涙だった。
思わず、携帯電話の画面に触れると、彼もまた、私と同じ場所へ、指先を重ねた。
どれだけの時間、見つめ合っていただろう。
画面の向こう側の彼は、再び、喋り出した。
『驚いた?時代も変わったね。
生死を分ける隔たりは、電波が埋めてくれる世の中になったんだよ。
こうして、また逢えて嬉しいよ。』
そう言って、あの頃の、若いままの彼は、微笑んでくれた。
「そう。時代は変わったのね。」
彼の言葉に頷きながら、
すんなりとその言葉を受け入れることが出来たのは、
彼を亡くしてから、
これまでの私が経験してきた数々の不思議な出来事があったからだと思う。
「こうしてまた、あなたと話が出来るだなんて、思ってもみなかった。
元気・・・だった?」
亡くなった人に、元気かと聞くのは、なんだかおかしい気もしたけれど、
彼の表情は変わることなく、元気だったよと、頷いてくれた。
それは、例えば、単身赴任で、暫く、離れていただけのような、
携帯電話の繋がらない場所へ、暫く、出掛けていただけのような、
そんな会話に思えた。
改めて、画面の向こう側をまじまじと見つめてみる。
「そう。あなたがいるそちら側と、繋がることが出来るようになったのね。
ずっと、離れ離れだったから、なんだか、夢を見てるみたい。」
漸く、笑顔を作って話が出来るようになった私に彼は言った。
『俺たちは、ずっと、繋がっていたよ。
それは、何も変わってなどいなかった。
目に見えるか、見えないか。ただそれだけの違いなんだよ。』
ずっと、繋がっていたーーー。
その言葉を反芻すると、彼の言葉は続いた。
『でも、文明の進化に感謝だね。
今日は、ちゃんと繋がるかどうかのテストだけなんだ。
もうすぐ、時間だ。
また明日、話をしよう。後で、連絡するから。』
今日は、短い時間しかないけれど、
これからたくさん話すことが出来ると、
説明してくれたところで通話を終了させようとする彼に、慌てて、声を掛けた。
「あっ!ねぇ、あなた。待って。
えっと、あの・・・愛してるよ。」
急いで、それだけを伝えると、彼は笑った。
『え?あ、うん。俺も、愛してるよ。また明日。』
こうして、突然に現れたアプリ【KANATA】で、
彼と繋がりながら、
私の日常生活は、夢のような生活へと変わっていった。