体が怠い。
恐らく、熱があるのだろう。
体調を崩したかも知れない。
今夜までに、熱は下がるだろうか。
いつも通り、アラームの音で、目が覚めたものの、
体を起こすのも面倒で、布団の中で横になったまま、
携帯電話の画面を見つめた。
すると、アプリが勝手に起動され、
画面の向こう側に彼の姿が映し出された。
熱でボーッとしたまま、画面を見つめていると、彼の声が聞こえた。
『しっかりしろ。今からあの子が来るから。』
その声を最後に、私の意識はなくなった。
ーーーあの子が私を呼ぶ声が聞こえる。
「お母さん!」
目を開くと、あの子が心配そうに覗き込むのが見えた。
額の冷たさに、心地よさを感じながら、何があったのかと、考えていた。
「嫌な予感がして、寄ってみたんだよ。来て良かった。」
目が覚めた私の顔を覗き込んだあの子は、安心した顔で笑った。
「お母さん、熱があるみたいだから、これから病院に行こう。」
「仕事は?」
「大丈夫。お母さんは、自分の心配だけして。」
あの子に連れられて、かかりつけの病院へ来た。
「2~3日で良くなりますよ。お薬を出しておきますね。」
ただの風邪だったらしい。
それにしても、この子は、どうして、
私が、今日、熱を出したことが分かったのだろう。
私は、あまり、体が丈夫な方ではないけれど、
何故か、ここ何年も、体調を崩すことはなかった。
熱を出したのだって、数年振りのことだ。
「なんとなく、としか言いようがないかな。
お母さんに何かある気がして、行ってみたら、布団にいたから。
心配したよ。
もう年なんだから、無理しないでよ。」
これから仕事に戻るというあの子は、
私が薬を飲むのを見届けると、帰って行った。
逆になってしまったんだな。
あの子が小さかった頃は、体調を崩したあの子を心配して、
よく病院に連れて行った。
暖かくしてね
薬を飲んでね
そんなふうに、あの子の面倒を見ていたはずなのに、
あの子が私の面倒を見てくれるだなんてね。
いつの間にか、教えることなど何もなくなり、
教わることばかりが増えた。
年々、そんなことを感じることも多くなったけれど、
今回は、堪えた。
年を取るって、こういうことなのね。
体調が悪い時は、ナーバスな気持ちになりがちだ。
今日は、もう眠ってしまおう。
まだ、夕方にもならない時間だけれど、とても体が怠くて、布団に横になった。
アプリ【KANATA】を開き、
彼へのメッセージを送る場所を探してみたけれど、
こちらからメッセージを送る場所が見つからない。
それなら、夜8時にアラームを掛けて少し眠ろうかと考えたところで、
携帯電話の音が鳴った。
それは、静かで、心地の良い鈴の音のような聞いたこともない音だった。
【今日は、ゆっくり休んで。
また明日、8時に待ってるよ。おやすみ。】
この、聞いたことのない音は、
アプリ【KANATA】のメッセージが送られてくる音のようだ。
返事を送りたくて、暫く試行錯誤していたけれど、
そのやり方が見つからないままに、
いつの間にか、眠りに落ちていた。