拝啓、空の彼方のあなたへ

きっと、空に近い場所にいるあなたへ伝えたいこと。手紙、時々、コトバ。

3月32日 ~展望台~

「そうだ。展望台登ってみない?近くに住んでると意外と行かないよね。」

買い物を終え、車に乗り込むと、彼は唐突にそんなことを言い出した。

ホームセンターのすぐ近くにある25階建の建物の最上階は、展望台になっている。

これまでに一度も、登ってみようとは思わなかった場所だ。

 

「うわー!よく見える。」

エレベータを降りると、窓に張り付くように、外を眺めるあの子は、まるで小さな子供のようにはしゃいでいる。

 

「あっ!あの道、俺、覚えてるよ。

お父さんと小坊主探検隊に出掛けた時に登った坂だよね?

あの坂は、結構辛かったよね。楽あれば苦あり!」

「だよねぇ。」

と男ふたりで声を揃えた。

 

小坊主探検隊とは、彼とあの子の自転車でのふたり旅のこと。

仕事が忙しかった彼だけれど、休日には時々、あの子を誘っては、自転車で色々なところへ出掛けた。

あれは、あの子が小学校へ上がる頃から始まった、我が家の男同士の旅だった。

 

帰宅すると、どんな場所へ行って、どんなものを見て来たのか、楽しかった様子を話して聞かせてくれるのが、私の楽しみだった。

 

小坊主探検隊を通して、彼は、あの子に、楽あれば苦あり、ということを教えてくれた。

スイスイと進むことが出来る下り坂があれば、絶対に、大変な上り坂もあるんだよ。

それは、きっと、これから大人になるあの子へのメッセージだったのだろう。

楽しい時もあれば、苦しい時もあるんだよと。

 

━━━いつでも来れる場所。

そういう場所へは、意外と来ないものだ。

きっと、もう、この場所に来ることは二度とないのだろう。

ふと、そんな考えが過ぎった私は、家族3人で見た景色を忘れないように、しっかりと、この景色を瞳に焼き付けた。

 

「あぁ、腹減った。」

あの子の声に、時計を見ると、とっくにお昼を過ぎていた。

「じゃぁ、ご飯食べに行きますか。」

彼の声に、頷きながら、もう一度だけ、振り返り、窓から見える景色を焼き付けた。

 

今日は晴天。空がとても綺麗だ。

窓から見える空に、ハート型にも、天使の羽にも見えるような可愛い形の雲を見つけた。

私は、ここから見た景色を、一生、忘れることはないだろう━━━。