「そうだ。展望台登ってみない?近くに住んでると意外と行かないよね。」
買い物を終え、車に乗り込むと、彼は唐突にそんなことを言い出した。
ホームセンターのすぐ近くにある25階建の建物の最上階は、展望台になっている。
これまでに一度も、登ってみようとは思わなかった場所だ。
「うわー!よく見える。」
エレベータを降りると、窓に張り付くように、外を眺めるあの子は、まるで小さな子供のようにはしゃいでいる。
「あっ!あの道、俺、覚えてるよ。
お父さんと小坊主探検隊に出掛けた時に登った坂だよね?
あの坂は、結構辛かったよね。楽あれば苦あり!」
「だよねぇ。」
と男ふたりで声を揃えた。
小坊主探検隊とは、彼とあの子の自転車でのふたり旅のこと。
仕事が忙しかった彼だけれど、休日には時々、あの子を誘っては、自転車で色々なところへ出掛けた。
あれは、あの子が小学校へ上がる頃から始まった、我が家の男同士の旅だった。
帰宅すると、どんな場所へ行って、どんなものを見て来たのか、楽しかった様子を話して聞かせてくれるのが、私の楽しみだった。
小坊主探検隊を通して、彼は、あの子に、楽あれば苦あり、ということを教えてくれた。
スイスイと進むことが出来る下り坂があれば、絶対に、大変な上り坂もあるんだよ。
それは、きっと、これから大人になるあの子へのメッセージだったのだろう。
楽しい時もあれば、苦しい時もあるんだよと。
━━━いつでも来れる場所。
そういう場所へは、意外と来ないものだ。
きっと、もう、この場所に来ることは二度とないのだろう。
ふと、そんな考えが過ぎった私は、家族3人で見た景色を忘れないように、しっかりと、この景色を瞳に焼き付けた。
「あぁ、腹減った。」
あの子の声に、時計を見ると、とっくにお昼を過ぎていた。
「じゃぁ、ご飯食べに行きますか。」
彼の声に、頷きながら、もう一度だけ、振り返り、窓から見える景色を焼き付けた。
今日は晴天。空がとても綺麗だ。
窓から見える空に、ハート型にも、天使の羽にも見えるような可愛い形の雲を見つけた。
私は、ここから見た景色を、一生、忘れることはないだろう━━━。