一言も発することが出来ないままの私を、突然に急かし出した。
「いつまで座っているのです?さぁ!さぁ!支度を!」
突然現れた目の前の小さなおじいさんは、
忙しなく右へ左へと小走りしながら、急げ急げと繰り返す。
体が動かないままの私は、たくさんの言葉が頭の中に浮かびながらも、
漸く声に出すことが出来たのは、言葉になっていない声だった。
「え?あ、あの、は?」
やっとこれだけの声を発すると、
小さなおじいさんは、動きを止めて、私の顔をじっと見つめると、
エ、ア、アノ、ハと抑揚のない声で、私の言葉を繰り返し、首を傾げた。
「あれ?日本人じゃないの?」
そう言って、どこから出して来たのか、
彼の身長と然程変わらない大きな辞書らしきものを広げると、
もの凄い速さで、ページをめくっていく。
「今の言語は、、、えぇ、と、」
「あの、すみません。日本人です。あまりにもびっくりしてしまって。
上手く言葉が出なくて、ごめんなさい。」
私の言葉に手を止めると、今度は、どこからともなく羽ペンが現れた。
「ほほぅ、なるほど。
今のは、言葉が出ない時の言葉とな?エ、ア、アノ、ハ、、と」
辞書らしき大きな本に、見たこともない文字を書き足している。
きっと、言葉が出ない時の言葉と、文字を続けているのだろう。
何やらサラサラと文字を書き終えたおじいさんは、これでよし!と言いながら、
顔を上げた。
「さて、出掛けようではないか!」