クリスマスを過ぎると、毎年、慌ただしさを感じる。
年を重ね、静かな日々を送るようになったら、
年末特有の慌ただしさを感じることもなくなるのだろうかと、
いつか、そんなことを考えたこともあったけれど、
そこに年齢は、関係なかったようだ。
今年も例外なく、慌ただしさを感じながら、日々を過ごした。
一緒に年越しをしたい。
彼は、私のこんなお願いを聞いてくれて、
アプリで繋がる時間を晒し、
一緒にお蕎麦を食べて、新しい年を迎えた。
「無事に、新年を迎えることが出来ました。」
お線香を立てて、毎年、彼へ報告して来たけれど、
今年は、画面越しに、彼に直接報告する。
『元気に新しい年を迎えられて良かった。』
改まって報告した私に、彼は、穏やかな笑顔を向けてくれた。
お正月には、今年も、あの子たちが来てくれて、
とても賑やかな時間を過ごした。
三が日が過ぎ、
ほんの少し、寂しさを感じるのは、
今年もまた、楽しく新年が迎えられた証拠だ。
楽しい時間を知っているから、寂しさを感じることが出来る。
それは、とても幸せなことなのだと、
私は、これまでに何度、自分にそう、
言い聞かせて来たのだろう。
もしも、あの時の運命が違っていて、
彼が此処に生きていてくれたら、
今の私は、どんな景色を観ていたのだろう。
一緒に年を重ねて、
おじいちゃんになった彼を想像してみたけれど、
上手く想像出来ないままに、そっと涙を拭った。