あなたへ
父の容体が急変し、あの子と一緒に、
病院へと駆けつけたのは、お正月が明けてからのことでした。
目の前で起きた、
奇跡のような出来事に、安堵したあの日から、
容体は安定したままで、
父は、またひとつ、この世界で年を重ねました。
それは、父の最後の目標だったのかも知れません。
誕生日を迎え、間も無くに、
父は、静かに息を引き取りました。
冷たい雨が降る日のことでした。
体に繋がれていた、たくさんの管を外され、
身軽になった父の姿に、
漸く、苦しさから解放されたのだと思う一方で、
声を掛ければ、返事をくれるのではないのかと、
淡い期待を抱いたまま、
まだ、その温もりの残る父へ、言葉を掛けました。
私は、父の死を受け入れることが出来たのか、
まだ、受け入れることが出来ていないのか、
よく分からないままに、
あれからの時間を過ごしています。
目の前にある、やらなければならないことに向き合いながら、
手を止めれば、ふと、蘇るのは、
私の名を呼ぶ父の声や、
あの子を可愛がってくれた父の姿。
無口で、胸の内の多くを語ることのなかった父ですが、
その時間のどれもが、
父からの、深く、静かな愛情を感じられる時間でした。
蘇る記憶を辿りながら、
父の死を受け入れることが出来ているのか、出来ていないのか、
よく分からないままに、時間だけが過ぎ行き、
明日は、父のその姿に逢える最後の日となりました。
これまで、たくさんの愛をくれた父へ、
感謝の気持ちを込めながら、
ご先祖様の待つ場所へ、送り届けてきます。