あなたへ
どうして、此処にあなたがいないのだろう。
不意に、あなたが此処にいない不自然さを感じては、
あなたの遺影をじっと見つめて、
辛かったあの日の記憶を辿ってみる。
目を閉じて、穏やかに眠る最期のあなたの顔。
どんなに強く握り締めようとも、
決して、握り返してはくれないままに感じた、あなたの手の温もり。
全ての管を外されたその姿は、
ただ眠っているだけのようにも感じてしまうけれど、
二度と目を覚ましてはくれないことを、
受け入れるしかなかったあの日の記憶。
本当に、いなくなっちゃったんだね。
辛かった記憶をひとつひとつを確認して、
ポツリと小さく呟くと、胸の奥が苦しくなる。
それなのに、何度こんな思いをしても、
やっぱり、あなたが此処にいない不自然さが消えることはなくて、
何度でも、あなたが帰って来てくれるような気がしてしまうよ。
今日こそは、って。
6年と10ヶ月。
私は何度、あなたの帰りを期待しただろう。
あの頃の愛用品だったオレンジ色のバッグを下げたあなたが、
今日こそは、帰って来てくれるんじゃないのかなって、
ほんの少しだけ期待を込めて、玄関を見つめてみたり、
外から聞こえる車の音の中に、あなたの車の音を探してみたり。
部屋中を見回して、
あなただけが此処で生活していないことを確認しても、
何故だか、此処に、あなたがいない不自然さは消えなくて。
不意に訪れる、あなたが此処にいないことへの不自然さを感じた日は、
あの頃と変わらぬあなたの、ただいまの声が、聞こえてくる気がしてしまうよ。
今日もまた、ほんの少しだけ、期待して、
耳を澄ませてみたけれど、
期待した声は、今日も聞こえないままに。