拝啓、空の彼方のあなたへ

きっと、空に近い場所にいるあなたへ伝えたいこと。手紙、時々、コトバ。    <夫と死別したemiのブログ>

彼女 7

「こんなつもりじゃなかったのに・・・突然、泣いたりしてごめんね。」

 

どれくらいの時間が経っただろうか。

漸く、気持ちを落ち着かせることが出来た私は、

彼女から離れ、ベンチへと腰掛けると、彼女も黙って、隣へと腰を下ろした。

いつものように、彼女とふたりで空を見上げてみる。

 

今日が始まってからの私はずっと、何も見ていなかったのかも知れない。

今日の空も、こんなに綺麗だったんだ。

これまでの時間を取り戻すかのように、瞬きもせず、今日の空色を見つめ続けた。

やがて静かに口を開いたのは、彼女だった。

 

「私はね、亡くなった人を想って泣くことは、悪いことじゃないと思っているの。

亡くなった人に心配させないように、前を向かなかければならないって、

こんな考え方もあるけれど、それは無理をしなければならないのとは、違うと思う。

もしも私が、向こう側から見守る立場だとしたのなら、

本当は泣きたいのに、無理をして笑っている姿を見る方が心配だわ。

立ち止まるのも、座り込むのも、全然悪くない。

どんなに泣いても、悲しみが減ることはきっとないけれど、

泣くことは、向き合うことに繋がっていくのだと私は思うの。

それにね、生きていれば、いつかはお腹が空くし、眠くもなるし、

ずっと、泣き続けたままの人なんていないのよ。

あなただって、ほら、涙が乾いてきたでしょう?」

 

そう言って、優しく私の頬を拭うと、

「ほら、チョコレート食べない?」

いつからそこに準備されていたのか、彼女が突然に、

私の口にチョコレートを押し込もうとするから、なんだか、笑ってしまった。

 

口の一杯に広がった甘さは、

なんだか私の中にある傷を優しく包み込んでくれた気がした。

 

「美味しい?」

彼女のこんな声に、とても美味しいと頷くと、

それなら、もう大丈夫だと笑った。

 

「たくさん泣いたらね、大好きなものを食べなさい。

今のあなたが幸せだと感じるものを、たくさん食べるといいわよ。

それはね、小さな幸せを集めることにも繋がるのよ。」

 

ふたりでチョコレートを食べながら、黙って空を見上げた。

それぞれに、小さな幸せを集めるように。

 

「あなたも、誰かを亡くしたの?」

この日は最後に、こんな質問をしてみたけれど、

「私は、ただ、あなたのことが心配なだけよ。」

あの時の彼女は、こう言って、ただ静かに微笑んだ。

 

私の質問に対して、否定も肯定もしなかった彼女のことは、

結局、何も分からないままだった。