「こんなつもりじゃなかったのに・・・突然、泣いたりしてごめんね。」
どれくらいの時間が経っただろうか。
漸く、気持ちを落ち着かせることが出来た私は、
彼女から離れ、ベンチへと腰掛けると、彼女も黙って、隣へと腰を下ろした。
いつものように、彼女とふたりで空を見上げてみる。
今日が始まってからの私はずっと、何も見ていなかったのかも知れない。
今日の空も、こんなに綺麗だったんだ。
これまでの時間を取り戻すかのように、瞬きもせず、今日の空色を見つめ続けた。
やがて静かに口を開いたのは、彼女だった。
「私はね、亡くなった人を想って泣くことは、悪いことじゃないと思っているの。
亡くなった人に心配させないように、前を向かなかければならないって、
こんな考え方もあるけれど、それは無理をしなければならないのとは、違うと思う。
もしも私が、向こう側から見守る立場だとしたのなら、
本当は泣きたいのに、無理をして笑っている姿を見る方が心配だわ。
立ち止まるのも、座り込むのも、全然悪くない。
どんなに泣いても、悲しみが減ることはきっとないけれど、
泣くことは、向き合うことに繋がっていくのだと私は思うの。
それにね、生きていれば、いつかはお腹が空くし、眠くもなるし、
ずっと、泣き続けたままの人なんていないのよ。
あなただって、ほら、涙が乾いてきたでしょう?」
そう言って、優しく私の頬を拭うと、
「ほら、チョコレート食べない?」
いつからそこに準備されていたのか、彼女が突然に、
私の口にチョコレートを押し込もうとするから、なんだか、笑ってしまった。
口の一杯に広がった甘さは、
なんだか私の中にある傷を優しく包み込んでくれた気がした。
「美味しい?」
彼女のこんな声に、とても美味しいと頷くと、
それなら、もう大丈夫だと笑った。
「たくさん泣いたらね、大好きなものを食べなさい。
今のあなたが幸せだと感じるものを、たくさん食べるといいわよ。
それはね、小さな幸せを集めることにも繋がるのよ。」
ふたりでチョコレートを食べながら、黙って空を見上げた。
それぞれに、小さな幸せを集めるように。
「あなたも、誰かを亡くしたの?」
この日は最後に、こんな質問をしてみたけれど、
「私は、ただ、あなたのことが心配なだけよ。」
あの時の彼女は、こう言って、ただ静かに微笑んだ。
私の質問に対して、否定も肯定もしなかった彼女のことは、
結局、何も分からないままだった。