拝啓、空の彼方のあなたへ

きっと、空に近い場所にいるあなたへ伝えたいこと。手紙、時々、コトバ。    <夫と死別したemiのブログ>

彼女10

あれから、暫くの間、ここに来ることが出来ずにいた。

 

彼女と顔を合わせ辛かったこともあるけれど、それよりも、

ひとりで、自分の気持ちと向き合わなければならないと思ったからだった。

 

あの日の彼女の言っていたことは、全部正しかった。

私は、私だけが息子の成長をすぐ側で見守ることも、息子と一緒に笑い合うことも、

私が夢を持ったことも、自分自身の幸せを望むことも、

全部、

彼に対して、申し訳ないと考えていたのだ。

 

これまでの私が全く気付かずにいた無意識の私を、

躊躇なく暴いた彼女の言葉は、深く、深く、胸の奥へと突き刺さった。

 

認めたくなどなかったけれど、

一度気付いてしまったのなら、もう、なかったことになど出来る感情ではなかった。

 

あのままずっと、知らずにいられたら、どれだけ楽だっただろう。

そう考えたりもしたけれど、

いつかは、向き合わなければならない気持ちだったのかも知れない。

 

彼と、ずっと一緒にいたかった。

ただ、彼を想いながら、

そして、そんな自分の気持ちを大切にしながら歩んでいたはずの私の中には、

もうひとり、

悲しみと一緒に、閉じ込めてしまった私が隠れていたのだ。

 

笑えるようになればなるほど、本当は、辛かった。

彼が此処にいないのに、

笑えるようになってしまったことが、

前を向いて歩もうとすることが、私は、本当は全部、辛かったのだ。

 

ドウシテ、ソンナニワラエルノ?

ドウシテ、マエニススモウトスルノ?

カレヲオイテイカナイデ・・・

 

一度気付いてしまった感情に向き合ってみれば、そこには、

私が知らなかった私の声が聞こえた。

 

無意識に閉じ込めてしまった深い悲しみを持った私は、

やがて、怒りや憎しみを生み出したのだと思う。

皆と一緒に笑おうとする自分自身へ向けた強い憎悪の感情を。

 

そうして、私は、無意識の中で、

自分自身へ呪いのようなものを掛けていたのかも知れない。

私は、決して、幸せになどなってはいけないのだと。

 

彼を亡くし、周りの皆の歩くペースについて行けずに、

無理をして、笑顔を作った日々を思い出す。

 

哀れみの目を向けられるのが嫌で、

無理矢理に笑顔を作って、頑張りますと答えた日のことを、

強くなるのが当たり前だと、そんなふうに求められている気がして、

涙を飲み込んだ日のことを。

 

そうして、

あの夏から、時間が経つほどに、

皆と同じペースで歩むことを当たり前のように期待され、

彼が亡くなったことを、既に過去のことだと捉えている周りの人の感覚に合わせて、

思い出を懐かしむ振りをしながら、

胸の奥の痛みを、両手で握り潰した日のことを。

 

普通に振る舞わなければいけない。

周りの皆の期待に応えなければいけないのだと、

私は、私が思っていた以上に、無理をしていたのだと思う。

 

私の中の許容範囲など、本当は、とっくに超えていたのだろう。

様々に無理を重ねた結果、

私は、無意識の奥底へと、深い悲しみを抱えた私を押し込んでしまったのだと思う。

 

私は、もっともっと、泣いても良かったのかも知れない。

 

漸く見つけることの出来た私の中の無意識の存在は、真っ黒な塊だった。

私は、ソレを力強く抱き締めた。

 

ずっと、そこに閉じ込めたままでごめんね。

辛い思いをさせてしまって、ごめんね。

こんな私の声に答えるかのように、ソレは、小さく呟いた。

 

オマエハ、ナゼワラッテイルンダ

ワラウナ

カレガイナイノニ、ワラウナ

ユメナンカモツナ

オマエガモッタユメナンカ、ゼッタイニカナワナイ

イッショウ、クラヤミノナカデ、イキレバイイ

マエヲムクナンテ、ユルサナイ

カレヲオイテイクナ

 

私が知らない私は、呻くように、呟き続けた。

悍しくも感じてしまうけれど、

これは、悲しみを閉じ込めてしまった私が出した結果だった。

 

黒いソレを抱き締め、その想いをただ受け止めながら、

どれだけの時間が経ったのだろう。

やがて、その奥に隠された声が届いた。

 

カレガイナクテ、カナシイネ・・・

サビシイ

ズット、イッショニイタカッタネ

・・・カレニ、アイタイヨ・・・

 

うん。そうだね。

彼に逢いたい。

 

ずっと閉じ込めていた悲しみを吐き出すように、

ソレと一緒に、たくさんの涙を流し続けた。

 

最後の一粒の涙が零れ落ちると、真っ黒だったソレは、

少しずつ憎悪の感情を開放するように、やがて色を持った。

そうして、私の目の前に現れたのは、あの夏の私だった。

 

彼を亡くし、食事を摂ることも出来ずに、どんどん体重が落ちて、

頬がこけた、悲しみの瞳を持つあの夏の私は、

私の記憶よりもずっと細く、今にも壊れてしまいそうだった。

 

ひとりで悲しみを背負わせてごめんね。

 

あの夏の、

悲しみだけを懸命に背負ってくれていた私の中の私を精一杯抱き締めると、

 

カレノブンマデ、シアワセニナロウネ

 

最後にそう言い残し、私の中にスッと消えて行った。

 

私は、自分自身と向き合いながら、

一生懸命に、前を探して歩んで来たつもりだったけれど、

本当は、違ったのかも知れない。

 

期待に応えなければいけない。

強くならなければいけないのだと、自分自身にプレッシャーを掛け続け、

悲しさや苦しさ、辛さ、その全部を胸の奥へと押しやる方法でしか、

生きる術を見つけることが出来ずに、

無意識の中に憎悪の感情を産んでもなお、

そんなふうにしか歩み続ける方法しか見つからなかったのだと思う。

 

それは結果として、自分自身に枷をつけてしまうようなやり方だったけれど、

そうでなければ、私は生きることが出来なかったのだろう。

 

無意識の中にいたあの夏の私が、

私の意識の中へ静かに消えていったことを身守ると、

私は更に、たくさん泣いた。

 

彼を想い、そして、

私が思っていたよりも随分、無理をしていたあの夏の私を想って。

 

私は漸く、あの夏の本当の痛みを受け入れる覚悟が出来たのだと思う。

 

彼の分まで、幸せな人生を歩みたい。

本当の意味で、新たな決意を固めた私の瞳に映るもの全てが、

色鮮やかな景色へと変わったあの瞬間を、私は忘れないだろう。

 

時間は掛かったけれど、

漸く今日、彼女に逢いに来ることが出来た。