目覚ましの音で目が覚めた。
ここは、2年2ヶ月前に、引っ越してきたアパートの私の部屋だ。
いつも通り、無意識に窓に目をやり、まだ光が差す前であることを確認して、体を起こす。
思えば、随分、暖かくなり、布団から出るのがスムーズになった。
携帯電話の画面を確認すると、日付は、4月1日。
夢━━━か。
それにしては、体に心地のいい疲れが残っているように感じる。
大きく伸びをして、いつも通り、コーヒーを淹れる準備を始めた。
少しだけ待ってみたけれど、彼の声は、どこからも聞こえなかった。
そう━━━これが、今の私の、いつも通りなんだ。
コーヒーを飲みながら、夢の中の、最後の彼の言葉を反芻していた。
あの時、彼に返事を返したつもりだったけれど、ちゃんと届いただろうか。
彼は、とても温かかった。
━━━とても、素敵な夢だった。
コーヒーを持って、テーブルにつくと、
今年用の薄いパープルの手帳を開いた。
記憶が鮮明なうちに、家族3人で過ごした夢の中での出来事を、手帳に残すためだ。
彼の言葉、温もり。彼がどんなふうに笑っていたのか。
あの子の楽しそうな顔や、子供みたいな顔。
全部、絶対に忘れたくない━━━。
一気に書き上げ、ペンを止めて、ふと、時計を見ると、起きてから1時間が経ち、あの子を起こす時間になっていた。
「起きなさーい。」
いつもは、3回、声を掛けないと起きないあの子が、今日は一度、声を掛けただけで、すぐに起きてきた。
今日のあの子は、寝起きからとても機嫌がいい。
「なんかさぁ、俺、すごい夢見てたよ。
前の家で、お父さんとお母さんと、3人で暮らしてるの。
すっごく楽しい夢だったよ。その日は3月32日なんだけど、夢の中の俺は、その日にちに驚かないんだよ。笑っちゃうよね。」
一瞬、あの子のマグカップにコーヒーを淹れる手が止まってしまった。
そんな私にはお構いなく、あの子は続けた。
「それでさ、夢の中で、寝る前に、お父さんが耳元で言ったんだ。
どんな時も、お前は、俺の自慢の息子だよって。
お父さんの言葉を聞いてさ、俺、改めて、良かったなぁって思ったんだ。
お父さんの子に生まれてきたことも、俺が俺で生まれてきたことも、全部、良かったなぁって━━━。」
いつもは、慌ただしい朝。今日だけは、あの子の側に座って話を聞いた。
━━━あれは、夢なんかではなかったのかも知れない。
いつもなら、電車の時刻ギリギリに家を出るあの子は、
いつもよりも、15分も早くに準備を済ませると、いつもの行ってきますの挨拶の代わりに、
「俺、マジで頑張るわ。」
玄関先で元気にそう言うと、颯爽と出掛けて行った。
玄関であの子を見送った私のところまで、勢いよく階段を降りる音が聞こえた。
洗濯物を干すために、ベランダに出ると、私は、いつも通り、空を見上げた。
「私も、頑張るよ。」