あなたへ
菜の花の咲く公園。
いつの頃からか、こう呼ぶようになったあの場所に、
菜の花の色を見ることが出来なくなったのは、いつからだっただろう。
あの頃のあなたが見ていたあの場所は、少しずつ形を変えて、
いつかの春を境に、菜の花が咲くことはなくなり、
そこは、色を持たないままの空間へと変わっていきました。
私にとってのあの場所は、
唯一、菜の花を一望することの出来る場所でした。
また何処かで、あんなふうにたくさんの菜の花が咲く景色を見たいと、
こんな願いを持ちながらも、他に思い当たる場所が見つからないままに、
私は、幾つくらいの春を過ごしたでしょうか。
突然に思い立ち、
家族3人でSボードをして遊んだあの場所へと出掛けたのは先日のこと。
静かな場所で、ひとりになりたいと、
こんな気持ちを抱えての外出でしたが、
あの場所の続き、
川の反対側に見えたのは、菜の花色一色に染まった景色だったのです。
思わず漏れ出てしまうため息をそのままに、
気が付けば、ひとりになりたかったことなど、すっかりと忘れて、
私は、見つけたばかりの色を目指し、
川の反対側へと渡っていました。
もしもあの時、
あなたがあの場所へと連れて行ってくれていなければ、
私は、あの景色を見つけることも、
あの川の反対側へと渡ることもなかったのでしょう。
あの頃のあなたがくれた時間は、いつまでも此処に生き続けて、
私を新しい場所へと連れて行ってくれる。
それはなんだか、
あなたが新しい場所へと連れて行ってくれていたあの頃と、
少しだけ似ているような気がしました。
あの日、僅かに抱えていたはずの胸の奥の苦しさは、
すっかりと何処かに置いて来てしまったのかも知れません。
菜の花色を見つけた私の中に残ったのは、ただワクワクとした気持ち。
あの場所の続きに見えた春の景色は、
絶妙なタイミングで、あなたが見せてくれた景色であったのかも知れないと、
あの日のことを振り返り、ふと、そんな気がしました。
ねぇ、あなた。
あの場所の続きには、
春になると、たくさんの菜の花が咲く場所があるんだね。
あの日撮った写真を見つめながら呟いた私の小さな声を、
あなたは、すぐ側で聞いていたでしょうか。