あなたへ
うちが母子家庭だということに初めて気が付いたのは、
あなたを見送ってからどれくらいが経った頃だっただろう。
うちは母子家庭だね
これは、いつかのあの子の言葉です。
あなたを見送り、あの子と2人きりになってしまったにも関わらず、
私は、あの子に言われるまで、
母子家庭と呼ばれる家族構成になってしまったことに気が付かないままに、
それまでを歩みました。
こんな私の感覚に、あなたは驚くのでしょうか。
え?どうして気付かなかったの?って。
こうして改めて振り返ってみると、
あの頃の私は、
とても不思議な時間の流れの中にいたようにも感じますが、
大切な人をそちら側へ見送らなければならないことというのは、
それだけチグハグな感覚のままで、生きることなのかも知れません。
あなたが何処にいても、私たちは3人家族なのだと、
こんなふうに自分を奮い立たせて、なんとか歩んでいた私にとって、
私は夫を亡くし、あの子には父親がいないのだという外側からの視点は、
酷く私を動揺させるものでした。
あれからほどなくして、
私は死別シングルと呼ばれる部類に属していることを知り、
それがどれだけ確立の低いものであるのかを知ったのでした。
なんでなの?
改めて、自分が置かれた状況が、どのようなものであるのかを理解した私は、
全く望んでなどいなかったにも関わらず、
何故、確立の低い部類に属しているのだろうかと、
あなたの顔をじっと見つめたことは、何度あっただろう。
思えば、この視点からの手紙を書いたことは、
これまでに、一度もありませんでしたね。
あの子が巣立ち、立派にひとりで生きられるようになった今だから、
そして、本当はあの夏からの私たちも、
一緒にあの子を育てていたのだと気が付くことが出来たから、
あなたにも、あの頃のチグハグだった気持ちを話してみたくなりました。
あの夏からの私は、この世界で、
死別シングルマザーとしてあの子を育ててきましたが、
お父さんがいないからと、そんなふうに、
あの子が色眼鏡で見られぬように、
私があの子をしっかり守らなければと、力が入り過ぎてしまった時も、
あなたと2人であの子を育てていた私のままではいけないのだと、
必死に変わろうとしていた時も、
どんなに悩んでも、立ち止まってしまっても、
私は、あなたに守られながら、
あの子を育てることが出来ていたのでしょう。
我が家が母子家庭と呼ばれる家族構成であるのは、
外側から見た形に過ぎず、
本当は、あの夏からの私たちも、
足並みを揃えて歩んでいたことに気が付いたのは、
あの子が間も無く巣立ちを迎える頃のことでした。
外側から見た家族構成と、内側から見た家族構成が異なるのが、
あの夏からの我が家の形なのだと言えるのでしょう。
死別シングルマザーと呼ばれる部類の中で、
あの子を育てることもまた、
もしも自らが選んで生まれて来た人生だったとするのなら、
きっと私は、この人生でしか成し遂げることの出来ない何かをするために、
この人生を選んで生まれて来たのでしょう。
今のあなたなら、きっと知っているんだろうな。
生まれる前の私たちがどんな約束を交わし、
私が何を望んでこの人生を選んだのかを。
今はまだ、その明確な答えを見つけることは出来てはいないけれど、
今の私にひとつだけ分かることがあるとするのなら、
生まれる前のあなたが私にしてくれた約束。
姿が見えなくても、必ず側にいるよって、
きっとあなたは、私にこんな約束をして、この世界へと誕生したのでしょう。
ねぇ、あなた。
この世界に誕生する前の私は、あなたにどんな約束をしましたか。
どんなに問いかけてみても、
あなたはいつでも穏やかに笑ってくれるだけで、
何も答えてはくれないけれど、
自分の人生に納得出来た時がきっと答え。
どんなに辿ってみても、
決して、生まれる前のあなたと約束をした記憶に辿り着くことは出来ないけれど、
その時が訪れれば必ず、
過去と現在が結び付き、
ひとつの線で結ばれていたことに気付く瞬間がやってくるものなのでしょう。