あなたへ
何気なく、
ノートのいちばん後ろのページを開いた私の目に飛び込んで来たのは、
いつかのあの子が描いたイラストでした。
このノートは、
今の私がバッグに入れて持ち歩いているノートです。
以前の私は、毎年の手帳を持ち歩いていたけれど、
今の私は、ちょっと荷物が多いのです。
厚みのある手帳を持ち歩くことは辞めて、
出来るだけ身軽に歩みを進めていた私ですが、
これでは駄目だと僅かに立ち止まったのは、
丁度、今の私に流れる時間に乗って歩むにはどうすれば良いのかと、
試行錯誤を繰り返していた頃のことでした。
これまでには経験したことのない程の早い流れの中、
時間に追われれば、目標なんて直ぐに見失ってしまう。
どう生きて行きたいのか。
自分の目標は何なのか。
それすら考える余裕もないままに、
時間に引き摺られるように歩んだ日もありました。
あっという間に過ぎ行く日々を見つめながら、
それなら、小さめのノートを持ち歩こうと棚を探り、
長い間使っていなかったこのノートを見つけたのでした。
前から数ページ。
今の私には不要となったページを破り捨てて、
今の自分の目標を書き込んで。
1日の始まりや、休憩時間。
ほんの僅かな隙間には、ノートを開いて、
自分にとっての前をしっかりと見据えながら、歩むようになりました。
このノートを持ち歩くようになってから、1か月以上が経ちましたが、
これまで一度も、ノートの一番後ろのページなど開いたこともなかったのに、
何故、今になって、
一番後ろのページを開いてみようと思ったのだろう。
思わぬところに潜んでいたあの子のイラストに、
一瞬、驚きながらも、
なんだかとても楽しげな顔をしたイラストに、思わず微笑んで。
ノートの裏側から数ページに渡り、
あの子のイラストと、私のイラストが交互に描かれているのを見つめながら、
記憶を辿ってみれば、
蘇ったのは、あの子と過ごした日常の一コマでした。
あれは、あなたを見送ってから、
どれくらいが経った頃だっただろう。
何処が前であるのかも分かないままに、
得体の知れない何かから必死に逃げるように歩んだあの頃だったけれど、
私は確かに、あの子と2人で、
このノートにイラストを描きながら、笑った日がありました。
家族3人で、一緒にいたい。
もう二度と、
あなたのその手に触れることは出来ないことを分かっていながらも、
あなたの温もりを、私を呼ぶその声を探しながら、
眠る前には、お布団を被って、
声を殺しながらひとりで泣いていたけれど、
あの子はいつでも、
私の直ぐ側に寄り添って、笑顔を向け続けてくれました。
毎日、毎日、少しずつ成長し続けたあの子は、
やがて此処から巣立ち、私はひとりになりました。
あの頃、あんなに泣いていた私も、
自分にとっての前をしっかりと見据えることの出来る私へと成長し、
これまでには経験したことのない早い流れに乗って、
私は今、ひとりで懸命に歩んでいたつもりだったのに、
こうして、
いつかのあの子が描いてくれたイラストを持ち歩いていたのだと気が付いてみれば、
私は知らぬ間に、
あの子がくれたお守りを持ち歩いていたようにも思えて来て。
私はずっと、あの子がひとりで歩めるようにと、
たくさんのお守りを、あの子の中へと詰め込んできたつもりだったのに、
本当は、私の方が、
お守りを詰め込まれていたのかも知れません。
将来、あの子が巣立ったら、
私がひとりでも、ちゃんと人生を歩めるようにと。
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