あなたへ
もしも俺が総理大臣だったとしたら、導入したいことがある
こんな言葉から始まったのは、多夫多妻制、という、
彼独自の世界観に基づいた新たな家族の形の提案でした。
多夫多妻制度。
それは、互いに3人まで結婚出来る制度であり、
数か月程のローテーションで、一緒に暮らすパートナーが変わるシステム。
契約期間は3年間となっており、互いの意思確認の上で、
契約の延長なのか、または、解除なのかを決めることが出来るとする。
契約の解除を行った場合には、
また新たなパートナーとの契約をすることが出来るものとし、
常時3人までのパートナーとの契約が可能。
但し、パートナー以外との一線を超えた場合には、厳しい罪に問われるものとする。
一夫多妻制ってあるけどさ
それはフェアじゃないって俺は思っているんだよね
多夫多妻制ならさ、平等じゃん?
俺は良いと思うんだけどな
これは多夫多妻制度についてを力説した後の彼の言葉。
彼が考案した制度についてを即却下した私に、彼は更に言いました。
ずっと一緒にいたいのなら、契約を延長すれば良いんだよ
それに、必ず3人のパートナーを選ばなければならないわけじゃない
3人までは可能ってだけだよ
何の話からそうなったのか、あの日の彼は、
素晴らしい案を思い付いたのだと、力説し続けたのでした。
子供はね、
初めからその環境で育ったのなら、特に疑問にも思わないと思うよ
ローテーションで一緒に暮らす人が変わっても、
今度はこの人がお父さんなんだなって、思うだけだよ
これは、子供にとっての環境としてはどうなのかと問い掛けた私への返答でした。
確かに。
生まれた時から置かれた環境を普通と捉えるのが、
子供なのかも知れません。
多夫多妻制が一般的と呼ばれる家族の在り方であるのなら、
疑問を持つこともなく、スクスクと育ってくれるのかも知れません。
この話の終着点がどこであったのか、その詳細を思い出すことが出来ないままに、
不意に蘇ったいつかの先輩の声に耳を傾けてみれば、
あれから随分と歳を重ねた今の私は新たな視点を見つけることが出来ました。
例えば、3年間という契約の期間があるのなら、
伝えたい言葉をちゃんと見極めて、
伝えるという視点を見つけていたのかも知れません。
当たり前とも錯覚出来る日常は、きっとそこにはなくて、
3年後には、一緒に居られなくなってしまうかも知れないということも、
視野に入った状態で、日常を共にすることは、
私がよく知る結婚生活とはまた違った学びが存在するのかも知れないと思いました。
そして、家庭には、様々な形や環境がありますが、
その中には、
閉鎖的であるが故の深い闇が存在する家庭があることも確かだと思います。
閉鎖的になり過ぎないその環境は、外からは分からないような問題点を、
外側へ出す機会へと繋がり、結果的に、
闇から救われる人もいるのかも知れません。
いえ。もしかしたら、深い闇が存在する家庭自体が、
減少する可能性すらあるのではないかとも思えます。
だって、契約期間があるということは、
常に、ある種の危機感のような気持ちが芽生えるものだと思うから。
また、子育てという面においても、
幼い頃から様々な愛情や考え方に触れることは、
とても良いことだと言えるのでしょう。
この制度を力説された日の私は、即却下とし、
そんな制度は必要ないと一蹴しましたが、
あれから随分と年月が経ち、今の私が持つ視点から、
改めて見つめてみれば、実は利点も存在しているのではないかと、
そんなふうにも見えました。
但しこれは、客観的に見つめた新たな視点であり、
私の人生においては、導入したいと思えるものではありません。
どんな制度があろうとも、私が選びたいのは、
私がよく知る結婚生活なのです。
ですがもしも、選べる形が存在したとするのなら、
否定するには至らないままに、
在り方のひとつとして、今の私は受け入れられるようになりました。
例えば、昔観た映画や、昔読んだ本と改めて向き合った時に、
全く別な視点を見つけられることがあります。
不意に思い出したいつかの先輩の声と向き合ってみれば、
私はあの頃とは全く違った視点から、
その物事を見つめられるようになったのだと、気付くことが出来ました。
これもまた、きっと私の成長と呼べるものなのでしょう。
もしも今夜、あなたと、
この、多夫多妻制度についてを話し合うことが出来たとしたのなら、
あなたはどんな声を聞かせてくれるのでしょうか。
そう。きっとあなたなら、
嬉々としながらこの案に大賛成する様子を見せて、
そんなあなたを睨み付ける私を、可笑しそうに見つめたのでしょう。
私たちの結婚生活には、こんな、他愛もないけれど、
笑ってしまうやり取りが、日常に散りばめられていましたね。
昨日のあなたとのやり取りを不意に思い出して、
思わずひとりで笑ってしまったりしてさ。
そんな時の私の胸の奥には、なんだか温かで、穏やかなものが、溢れ出して。
そこに溢れ出すものを反芻するのも、私の大切な瞬間でした。
喧嘩もするけれど、
こんな時間がずっと続くと信じてあなたの隣を当たり前に歩んでいた私は、
とても幸せでした。
そう。だから私は、どんな制度があろうとも、
私がよく知る結婚生活を選んでいたいと思うのです。
此処から93年後の夏に、
きっとまたこの世界であなたと出会えることを信じていますと、
先日の私はこんな手紙を書きましたが、
その頃のこの世界は、どんなふうに変わっているのだろう。
もしも私たちが生まれ変わった世界には、
多夫多妻制度が常識として存在していたとしても、
私たちは何度でも、
互いを唯一として選び続ける人生を送りたいですね。
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