あなたへ
私は、特別な能力など、なにも持ち合わせてはいない。
ずっとそう思っていましたが、よく考えてみると、
恐らく、私には、誰にも負けない能力が、ひとつだけあるようなのです。
そう。
思い返してみれば、私は、いついかなる場合でも、
一番初めに、見つけるのです。
会社でも、家の中でも、何処にいても、必ず一番に。
恐らく、私には、虫を見つける、
いや、感じる特殊能力が備わっているのでしょう。
この視界に入らなくとも、感じるのです。
すぐ近くに、何かがいる と。
これは、虫が苦手過ぎる故に開花した、特殊能力なのかも知れません。
先日の夕食の時間に、突然感じたのは、
あの、なんとも言い難い感覚でした。
苦手とする存在が、半径1メートル以内に入ると、
私のレーダーは、発動するのかも知れません。
そっと静かに、斜め後ろを振り返ってみると、
私の嫌な予感は、的中していました。
物陰から、そっと、こちらの様子を伺っていたのは、
一番最悪なアレでした。
その全貌など見えなくとも、私にはすぐに分かりました。
Gです。
この神聖なる我が家に、Gが現れたのです。
よりにもよって、何故、食事中にその姿を現すのか、
ヤツは、嫌がらせの天才なのかも知れません。
その姿を見た瞬間に、私は恐怖に支配され、
お箸を持つ手が震えました。
もう、食事どころではありませんよ。
どうしよう・・・。
今、伝えるべきなのか、
後で伝えるべきなのか、とても迷いましたが、
私は、そっと小声で、あの子に伝えました。
Gがいる と。
万が一、見失ってしまえば、
今後の私たちに待っているのは、Gとの同居生活なのです。
それだけは、絶対に避けなければなりません。
あの子と一緒に、静かにその存在を確認すると、
敵にこちらの動きを見抜かれないように、
騒がず、静かに、食事たちを安全な場所へと避難させ、
それぞれに殺虫剤を持ち、戦闘態勢を整えました。
ですが、敵も、なかなかに手強い相手だったようです。
私たちは、全然気付いていませんので
そんな雰囲気を演出しながら整えた戦闘態勢だったはずですが、
敵に、こちらの考えを読まれてしまっていたのでしょう。
私たちが態勢を整えている間に、敵は、静かに身を隠したのです。
その姿が見えなくとも、
この部屋のどこかに息を潜めていることは、間違いありません。
棚の裏や物陰。
恐る恐る、様々な場所を捜索すること数十分。
私たちは漸く、敵の居場所を突き止めたのです。
ここにいる
ヤツを見つけたのは、またしても私が先でした。
そっと、あの子にも居場所を伝えると、
あの子隊長は、勇敢にも私の盾となり、
殺虫剤を片手に、攻撃を開始しました。
突然の毒ガス攻撃に、逃げ惑うG。
なんと言うことでしょうか。
よりにもよって、
その全貌を見た瞬間に固まってしまった私に、
反撃を開始するかのように、こちらへ突進してきたのです。
恐ろしさのあまり、私はパニックに陥り、
一旦、安全な場所へと避難。
その間にもあの子隊長は、勇敢に戦い続け、遂に敵を追い詰めたのです。
戦いの終わりを知らせるのは、バン!バン!という鈍い音。
何度も響き渡る勝者の奏でる音に安堵しながら、
そっと、現場へと近付いてみると、
そこには、恐ろしい光景が広がっていました。
凄まじい戦いの痕跡です。
もう、敵が襲ってくることはないと分かっていても、足が竦みます。
ティッシュペーパーを持ったまま、なかなか動けずにいる私の代わりに、
あの子隊長は、最後まで、その勇敢な姿を見せてくれました。
俺がいなかったら、大変だったねぇ
戦いに疲れた戦士は、髪を乱しながらも、
その力を振り絞り、僅かな痕跡までを消し去ってくれたのです。
私のこの人生の歴史の中に、Gとの関わりは、それほど多くはありません。
私が最後にGと戦ったのは、あの子がまだ生まれたばかりの頃のこと。
あの頃、あんなに小さかったあの子が、
立派に、私をGから守ってくれたのだと、感極まりました。
こんなに立派に成長してくれたのね と。
これから、あの子が巣立っていけば、
ひとりで生きて行かねばならないのだと、様々に心の準備を重ねる私ですが、
Gだけは、無理かも知れません。
3年前のコオロギ事件では、
なんとか、ひとりで戦い抜くことが出来ましたが、
やはり、Gともなると、私には、手も足も出ないのでしょう。
あの子が巣立つまでには、電話一本で、
3分以内に駆けつけてくれるG退治の業者さんが存在するといいなと、
本気で願いながら、
あの子の勇ましい姿を、しっかりと目に焼き付けました。