目が覚めたら、既にあの子は起きていて、パソコンに向き合っていた。
「ごめん。結構、寝ちゃった。」
少しだけ眠るつもりだったのに、
朝とは呼べない時間まで眠ってしまったようだ。
『一回は起こしたんだけどさ、無反応だったから。疲れているのかなと思ってさ。』
2人とも、私に気を遣って起こさないでくれたらしい。
あの子は、先程から何やらバタバタと忙しそうだ。
「急遽、打ち合わせしなくちゃならなくなっちゃってさ。
お父さんに起こして貰ってマジで助かったわ。」
夫に起こされて、目を開けたと同時に、
携帯電話に急ぎの案件のメッセージが届いたらしい。
「これから資料を準備して、それからオンラインでの打ち合わせになるから、
2人とも、邪魔しないでね。」
パソコンから一切目を離さないままのあの子からは、
それがどれだけ緊急の要件であるのかが伝わって来る。
そっか。そうだよね。
遠くの地で頑張るあの子は、きっといつでも、
こんなふうに慌しい日々を過ごしているのだろう。
それなら、と、夫と私は、あの子の仕事の邪魔をしないように、
暫く出掛けることにした。
「どこに行こうか。」
車に乗り込んでから、行き先をまだ決めていないことに気が付いて、
行きたいところはあるかと夫に聞いてみれば、
一昨日、私たちが再会したあの場所へ行きたいと言う。
そうして私たちは、再び、あの場所へと行ってみることにしたのだけれど。
『あぁ、やっぱり駄目か。』
そこへ到着すると間も無くに聞こえて来たのは、こんな落胆する夫の声だった。
どうやら夫は此処に、
元に戻るための手掛かりのようなものがあるかも知れないと考えたようだった。
「やっぱり、早く向こう側に還りたいよね?」
落胆する夫へ声を掛ければ、夫は、今の気持ちを聞かせてくれた。
『姿形を持って2人と過ごせるのは嬉しいけれど、
でも俺は、この世界での俺がやるべきことはちゃんと全うしたから。
俺が今、やるべきことは、やがてこっちに還って来る2人が、
安心して休めるように、場所を整えること。
それが終わったら俺はまた、穏やかになった向こう側から2人を見守りたい。
それが今の俺のやりたいことなんだよ。』
こんな話を聞かせてくれた夫は、なんだか、とても良い顔をしている。
そう。将来の夢を話して聞かせてくれる時のあの子の顔とよく似ているのだ。
「そっか。そうだよね。」
家族3人でいることが当たり前だったあの日々は、
確かにあの頃の私たちの幸せの形だったのだと思う。
でも、遠くの地で、あの子があの子らしく歩んでいることが、
今の私の幸せであり、
そして、私もまた、私の目の前へと続く自分の道を、
しっかりと歩める今が、とても幸せなのだ。
それはきっと、夫も同じなのだろう。
家族の幸せの形は、変わり行くものなのかも知れない。
家族3人が同じ家に揃って日々を過ごす時間はもう、やっては来ないけれど、
どんなに離れていても、大切な存在であることに変わりはない。
私たちの絆は、しっかりと結ばれたままなのだ。
新たな視点から私たち家族3人の形を見つめてみれば、
寂しい気持ちを感じながらも、
何故か晴れ晴れとした気持ちを見つけてしまったのは、
さっき夫が見せてくれたあの顔のせいなのかも知れない。
あの子の打ち合わせが終わるまでにはまだまだ時間がある。
今日は、何処までも真っ直ぐに続くこの道を、時間が許す限り歩いてみようと、
こんな提案をしてくれたのは夫の方だった。
私たちは、手を繋いでゆっくりと歩き出した。