拝啓、空の彼方のあなたへ

きっと、空に近い場所にいるあなたへ伝えたいこと。手紙、時々、コトバ。    <夫と死別したemiのブログ>

失われない感覚

あなたへ

 

人の聴覚は、一番最後まで残るのだと、こんな話を耳にしたのは、

いつの頃のことだっただろう。

 

あなたを見送ってからの私は時々、

あなたがこの世界で聞いた最後の声についてを考えます。

 

きっと、あの、茄子料理の話は、あなたに届いていたし、

泣きながらあなたの名前を叫んだあの日の私たちの声も、

きっと届いていたのでしょう。

 

あの夏にいたあなたの声は、もう、聞こえなかったけれど、

私たちの声が、ちゃんとあなたに届いていたからこそ、

あなたは、それに応えるべくして、私たちに安堵の瞬間を与え、

そして、あの夏から先の未来にいる私に、不思議な流れを見せたのでしょう。

 

あの夏にいたあなたが見せてくれた出来事を見つめてみればやはり、

人の聴覚は、一番最後まで残るのだという話は、

きっと本当なのだと思いました。

 

人には、五感と呼ばれるものがありますが、こうして、

聴覚という視点から、人に備わった感覚を見つめてみれば、

聴覚だけが特別な感覚なのかも知れないと、こんなふうにも考えることが出来たのは、

まだこのお腹の中にいた頃のあの子が見せてくれた、

穏やかで、優しい時間があったからでした。

 

聴覚は、お腹の中にいる時から発達するのだと、

こんな話を意識するようになったのは、

あの子がお腹の中に宿ってからのことでしたが、

大きく膨らんだお腹に話し掛ければ、

私たちの声に反応するかのような動きを見せてくれたあの子は、

やがて、この世界へと誕生し、少しずつ、言葉を話せるようになると、

お腹の中で聞いていた声を教えてくれましたね。

 

早くおいで。

 

これは、お腹の中にいたあの子に、あなたが掛けていた言葉でした。

 

聴覚という視点から記憶を辿れば、

動画を再生したままで、眠ってしまったあの夜の出来事も印象的です。

 

あの日の夜は、自動再生されてしまった怖い話を、

夢の中で体験するという恐ろしい夜でもありましたが、

あれは、聴覚という特別な感覚が、

聞こえた声を捉えたからこそであったのかも知れません。

 

それなら、どうして、人は一番初めに声を忘れてしまうのだろうかと、

いつかの私が持ったこんな疑問には、相変わらずに答えは出なかったけれど、

でも、どんな声であったのかを忘れてしまっても、

言葉は確かに胸の中へと残り続け、そして、時に、

たった一度だけ伝えた言葉が、その人の人生の道標となり、

人生を構築するものとなることもあるのです。

 

それは、聴覚で捉えた相手の想いであるからこそであり、そして、

言葉に力があるのは、聴覚で捉えることの出来る相手の想いだからだと、

考えることも出来るのかも知れません。

 

これまでの私が集めた視点や体験から、聴覚とは、

一番初めに発達し、一番最後まで残るものだと考えることが出来ますが、

実は、聴覚は、最後まで残る感覚なのではなく、

失われないもの、という考え方をすることも出来るのかも知れないと、

今日の私はふと、こんな考え方へと辿り着きました。

 

だって、本当に困った時や、ふと、あなたの名前を呼んだ時、

あなたは、何処かで私の声を聞き付けて、側にいてくれるような気がしているもの。

 

聴覚、と言ってしまえば、

この世界に生きている間しか持てない感覚であるようにも思えてしまうけれど、

実は、初めから持っていて、

失われない感覚というものもあるのかも知れないなって。

 

 

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