あの日の翌朝、
温かなものに包まれる感触で目が覚めたことは、今でもはっきりと覚えている。
私が起き出すと、あの子もまた同時に起きて来た。
きっと、私と同じようにして、目が覚めたのだろう。
「お父さんは、元に戻ったんだね。」
おはようの挨拶よりも先に聞こえたのは、こんなあの子の声だった。
あの日の夕方には、あの子も家へと帰り、
また私たちは、それぞれの日常生活へと戻った。
あれから、梅雨にしては、やけに晴れが続く梅雨が来て、やがて夏がやって来た。
そんな中で、夫の11回目の命日を迎えた。
「あの時さ、お父さん、絶対に態と鳴らしてたよね。おりん。
俺たちが笑っちゃうの分かっててさ。」
「やっぱりそう思う?実は、私もそう思ってた。」
これは、お盆にあの子が帰省した時の私たちの会話だったが。
チーーーン
あの頃のことを思い返しながら、私たちが笑えば、
おりんの音が鳴ったのだ。
時はお盆だ。どんなに不思議なことが起きても、決して不思議ではない。
もう、私たちの瞳に夫が映ることはないけれど、
きっと、夫も帰って来ていたのだろう。
あの日の私たちは、堪えることもせず、遠慮なく笑った。
きっとそんな私たちを、すぐ側で見つめながら、
夫もまた楽し気にしていたに違いない。
「そう言えば、マイナスのエネルギーの魂の人はどうしたかな。」
「向こう側は、元に戻ったのかな。」
「あの時、どうしてお父さんは、元に戻れたのかな。」
あの日の私たちは、知らないままになってしまった疑問を、
様々に考察する時間も持ってみたけれど、それについてを知る術はもうない。
色々な謎が残るままともなってしまったけれど、
でも、今の私たちが、
この世界でやるべきことだけは、ちゃんと分かっている。
私たちは、幸せに生きれば良い。
それが向こう側を創ることになり、
向こう側の皆から喜ばれることにもなるのだから。
来年度からは、希望通りの部署での仕事が出来そうだと、
こんなあの子の弾んだ声が聞こえて来たのは、
お盆が過ぎてから、1ヶ月程が経った頃のことだった。
次の新年度を迎えたら、夫に話して聞かせた目標が叶うのだと、
電話の向こう側から、意気込むあの子の声が聞こえたのだ。
1年間で成果を上げて、翌年には必ず別なポジションで新たなことを学ぶ。
これは、社会人になったあの子が持った目標だ。
毎年、成果を上げて来たあの子は、相変わらずに順調に前へと歩んでいるようだ。
あの子らしく、日々を元気いっぱいに歩んでいることは、
電話の声からも、ちゃんと伝わって来る。
そして、私もまた、自分にとっての前をしっかりと見つめて、
日々、着実に、前へと歩むことが出来ていることを実感している。
幸せに生きる。
言葉にすればたった一言。けれどそれは、決して容易い生き方じゃない。
それでも私は、時が止まって欲しいと思えるほどの瞬間を、
幾つも見つけながら、生きていたい。
・
・
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私たちは、幸せになるために、この世界に生まれて来た。
この世界へと誕生した瞬間に私たちは、
向こう側の皆からも盛大な祝福を受けるのだと言う。
【幸せになりなさい。】
その深い祈りに応えるように、私たちはこの世に産声を響かせる。
それはただの最初の泣き声なんかではない。
この世界で生きることを選び、幸せを掴みに来た、魂の宣言。
「私は幸せになるために、ここに来たよ」と伝える、力強い約束なのだ。
完